「神に喜ばれる精神」

 お元気ですか、明智信作です。旧約聖書の詩篇51:17に

「神の受けられるいけにえは砕けた魂です。神よ、あなたは砕けた悔いた心をか ろしめられません。」

とあります。
 今から約20年前、私が神学生だった時、企画、準備、講演全て、神学生が行 う講演会をしたことがあります。わたしは毎週の例会が、事務的な話し合いばか りなので、いつしか欠席するようになりました。講演会の近づいたある日、久し ぶりに例会に出席しました。その日は献身会でした。それぞれの役割を担当する 人達が別々にグループになって、最後の打ち合わせをしていました。そのとき、 わたしは心の中で、「わたしに賛美歌礼拝をさせてくれれば、もっとうまくやれ るのに」とささやいていました。いよいよ当日が来ました。役はありませんが、 わたしも出席しました。一人でも多ければ講演会が盛り上がると思ったからです。 賛美歌礼拝から始まって、最後の祈りまで、それは素晴らしい講演会でした。会 場は神の霊に満ちていました。そのとき、わたしの心の中に一つの声が聞こえて きました。それがどういうものだったか覚えていません。ただ「おまえのように 傲慢な者をわたしは必要としない、おまえがいなくても、講演会はこのように成 功するのだ」と心に強烈に響いてきたのです。わたしの心は重く沈んでいました。 家に帰るやいなや、ひざまずいて祈りました。わたしは神の所にしか行くところ がなかったのです。傲慢だった罪を告白し、ゆるしを求めました。その翌日、初 日の講師をされた方が、「明智さん、Nさんが風邪をひいているので、彼に代わ って、明日司会をしてくれませんか」と頼まれたのです。わたしは、ゆるされた、 と確信いたしました。感謝でした。自分でなければできない、自分がすればもっ と上手にできる、と奢り高ぶる精神は、神にも人にも嫌われますが、自分の醜さ に気づいてそれを素直に認め、へりくだる時、神はゆるして下さいます。神に赦 される事は、うれしい、ありがたいことです。
                             (by 明智信作)