「恐れる事はない」
お元気ですか? 明智信作です。ダビデ王は、親友ヨナタンとの誓いを守って、
サウルの家に恵みを施し、ヨナタンの子メピボセテを王の宮殿に招きます。招き
を受ける前、メピボセテはロ・デバルという所に住んでいました。「ロ・デバル」
とは「不毛の土地」という意味でした。その地名が表しているように、ヨナタン
の子は、決して恵まれた境遇にはなかったようです。しかも障害者でした。5歳
の時に、祖父のサウル王が死に、また父のヨナタンにも先立たれたメピボセテに
は、富もありません。特別な訓練や教育を受ける事もできなかったでしょう。ダ
ビデがメピボセテと対面したときの様子が聖書にこう書かれています。
サムエル記下9:6ー8
「サウルの子ヨナタンの子であるメピボセテはダビデのもとにきて、ひれ伏して
拝した。ダビデが、『メピボセテよ』と言ったので、彼は、『僕は、ここにおり
ます』と答えた。」
メピボセテについて人は、いつも「足なえ」ということを一緒に添えて語って
いました。しかし、ダビデ王はそうしませんでした。「メピボセテよ」との呼び
方は当たり前のようですが、決してそうではありませんでした。ダビデ王はこの
人を、一人の人間、しかも、最愛の親友、命の恩人であるヨナタンの子として、
特別に大切な人として、愛と慈しみをこめて呼びました。メピボセテには、その
ような取扱いを受ける事が不思議であったに違いありません。
「ダビデは彼に言った、『恐れる事はない。』」(9:7)
なぜならメピボセテは、王の呼びかけに、恐れを感じていたからです。メピボセ
テは、ダビデの命をねらったサウルの孫であり、しかもサウルの家系で生き残っ
ている唯一の人物でしたから、当時の慣例では、メピボセテは誰よりも一番に殺
されていたはずの人間だったからです。しかし、ダビデにはそのような意図は全
くありませんでした。
アダムとエバが罪を犯して以来、人間の心には潜在的な神への恐れがあります。
しかし、私たちの王、主なるキリストは、わたしたちにも、「恐れる事はない」
とおっしゃってくださいます。
キリストはご在世中、たばたび「恐れるな」とお語りになりました。神は、罪
を憎み、さばかれますが、罪を犯した人間を、なおも愛して下さっています。む
しろ、神ご自身が人類の罪をかぶって、自らの命を犠牲にされたのです。わたし
たちが敵対していたときに、一方的に神の方から私たちを愛して、このあがない
のわざをなしとげてくださったのです。
私たちに対する神の愛を疑う余地は全くありません。これも、罪を犯して、神を
恐れ、なにか捧げ物をすることによって神の怒りを鎮めなければならないと感じ
ている人間に対する良き知らせ、福音なのです。
(by 明智信作)