「死んだ犬」

 お元気ですか? 明智信作です。ダビデ王がヨナタンの子、メピボセテに語っ た恵みのことばは以下のとおりです。

「私は必ずあなたの父サウルのヨナタンのためにあなたに恵みを施しましょう。 あなたの父サウルの地をみなあなたに返します。またあなたは常にわたしの食卓 で食事をしなさい。」(サムエル下9:7)

「恵み」という言葉に注目して頂きたいと思います。メピボセテは、ダビデにこ のような特別な扱いを受ける資格も価値もありませんでした。彼は、ヨナタンの 子であったという以外に、ダビデとはなんのかかわりもありません。彼は障害者 です。戦争に出かけて自分の国に貢献してくれる見込みも全くありません。

いやむしろ、メピボセテは、ダビデの命をねらったサウルの孫であり、しかもサ ウルの家系で生き残っている唯一の人物でしたから、メピボセテは誰よりも一番 に殺されていたはずの人間でした。それにもかかわらず、ダビデ王は、メピボセ テに「恵み」を施そうとしたのでした。これこそ受ける価値のない者に対して一 方的に与えられたものです。

ダビデを殺そうとした人物の孫であったのに、ダビデは、このメピボセテを、自 分の子と同じように扱う事にしたのです。それは、彼の父ヨナタンとの誓いの約 束に基づくものでした。

それが一方的なものであり、メピボセテがこの恵みをどう受けとめたかが、次の ことばでよくわかります。

「彼は拝して言った、『あなたは、しもべを何とおぼしめして、死んだ犬のよう なわたしを顧みられるのですか。』」(サムエル下9:8)

殺されて当然なのに、そんな自分が赦されて、生かされるどころか、王の食卓で、 王の子の一人のように食事をする特権が与えられたのです。

「死んだ犬」ということばは、ダビデに自分の過去を思い出させたに違いありま せん。なぜなら、ダビデは、かつてサウルに追われていたとき、自分のことを「 死んだ犬」と呼んだことがあるからです(サムエル上24:14参照)。かつて は自分を「死んだ犬」と呼んでいたのに、今は、サウルの孫が、自分のことを「 死んだ犬」と呼んで、ダビデの前にいるのです。ダビデは自分自身が死んだ犬と しての境遇を味わっていたので、メピボセテの気持ちが痛いほどよく理解できた のであります。

ダビデの恵みの言葉に対するメピボセテの驚きは、ほとんど感嘆に近いものでは ないでしょうか。 メピボセテの言葉は、ダビデが詩篇の中で好んで使うことば によく似ています(詩144:2ー4、詩8:4参照)。死んだ犬としてのつら い苦しい、ただ耐えるしかない弱い立場の苦しみを味わった者のみが、神を見上 げ、恵みにふれた時に口に出せる賛美ではないでしょうか。ダビデには、メピボ セテの気持ちがだれよりもよくわかったのです。
(by 明智信作)