「働きに心をこめる」

 お元気ですか? 明智信作です。かつて岡山の清心女子大学の学長をしておら れた渡辺和子さんが、アメリカでの修道院生活で経験されたことを、随筆に書い ておられます。

 修道院での一日の大半は、掃除、洗濯、アイロンかけ、つくろいものなどに費 やされていました。修道院に入るまでの生活は、オフィスで、男性と肩をならべ て働き、自分の処理した事がそのまま大きな目的につながるというやりがいのあ る仕事だったそうです。

 それに比べると、修道院での仕事は、彼女には雑用に感じられていたそうです。 彼女の修道院の食堂では、百人以上の人たちのために、あらかじめ皿が並べられ て、入ってきてもすぐ席につくことができるように準備されるならわしでした。

 質素な食事の準備とはいえ、大皿をひとわたり置いてから、その上にスープ皿 をのせ、その側にナイフ、フォーク、スプーンをセットしてまわるということは 一つの大きな仕事でありました。したがって動作もつい機械的になっていました。

 その時、背後から声がしました。「あなたは、食堂でお皿をならべながら、何 を考えていますか。」 指導にあたってくださっている年輩のアメリカ人の声で した。「別に、何にも」と思わず、渡辺さんは返事をしたのです。

 すると、その女性が、こう言ったそうです。「一つ、一つ、音をさせないよう に、静かにおいてごらんなさい。さらに、そこに座る人が幸せになるようにと、 心をこめて置いてご覧なさい」

 このことばは、渡辺和子さんにとって、忘れられない言葉となったのです。彼 女はこの経験から、次のような教訓を学びとられたのであります。

 「世の中に、つまらない仕事と言うのはない。雑用と呼ばれる職種もない。そ れは人間がつまらないものにしているのであり、人間が用を雑にしている時、生 じるものなのだ。」聖書には、

「何をするにも、ひとにたいしてではなく、主に対してするように、心から働き なさい」

とあります。私たちも、自分の働きに、真心をこめ、祈りをこめて、させていた だきましょう。
(by 明智信作)