「すべてのことについて感謝しなさい」

 お元気ですか? 明智信作です。

 私たちの神は、愛の神です。私たちを罪から救うために、ひとり子をさえ惜し まないで与えて下さいました。御子イエス・キリストは、私を愛し、この私のた めに、あの十字架にかかって命まで捧げて下さったのではないでしょうか。

 神さま、わたしを愛して下さってありがとうございます、と毎日、祈りのたび ごとに口に言い表して、感謝する事が大切であります。表現する事によって、感 謝がもっと増し加わるからです。

 エレン・ホワイトという方が、「ミニストリー・オプ・ヒーリング」という本 の中で次のように書いています。

「ロに出すときに思想や感情が助長され、強められるのは自然の法則である。言 彙は思想を表現するが、同時に思想は言葉によって動かされることも事実である。

 したがって、もっとわたしたちが信仰を言い表し、自分に自覚している祝福、 すなわち神の大きなあわれみと愛をもっと楽しむならば信仰は増大し、より大き な喜びを感ずるはずである。

 ・・・・だからこの比類のない神の愛のゆえに彼をほめたたえるように自分の 心とくちぴるを教育し、魂が希望にあふれ、カルバリーの十字架から輝く光の中 にいることができるように教育しよう。

 ・‥朝、目覚めたとき一夜の守りを神に感謝し、心の中にある神の平安を感謝 し、朝に昼に夜に香り高い香水のように感謝を天に上らせなさい。」

 私たちが、このことを実技することは、信仰の行為です。その信仰とは、神が、 私たちを愛し、私たち一人一人にたいしてご計画をもっておられることを信じる だけでなく、天地万物の支配者、王の王、主の主であり、すべてのものを、その 御手の中に治めておられる、という信仰であります。

 神の許しがなければ、サタンといえども何もできないのです。聖書は、このこ とをいろいろなところで教えてくれます。

 ョプの経験(ヨプ記1、2章参照)もその一つです。また、新約聖書マタイ10: 29〜 31には、

「二羽のすずめは一アサリオンで売られているではないか。しかもあなたがたの 父の許しがなければ、その一羽も地に藷ちることはない。またあなたがたの頭の 毛までも、みな数えられている.それだから、恐れる事はない。あなたがたは多 くのすずめよりも、まさった者である」とあります。 「すべてのことについて感謝しなさい」(テサロニケ第1、5:18)

ということは、悪い状況でも、そのことで神を賛美しなさい、ということです。

 しかし、それは、私たちが悪に賛成するとか、悪を悪のゆえに受け入れるとい うことを意味しているのではありません。

 パウロは、苦難をも喜ぶと言いました。それは苦薙そのもののためではなく、 苦難の中で、苦難を適して神が働いておられることを知っていたからでした。

 その意味においてのみ、わたしたちも悪い状況を神に感謝するのです。神は愛 です。神は悪を創造されたのではなく、自由意志をもち、悪をなす可能性を持つ 人間を創造されたのです。悪は神に対する人間の反抗の結果として起こり、神の 許される範囲でこの世に存在していますが、常に神の意志の支配下にあります。

 私たちを命かけて愛して下さる神が、すべてを支配しておられる、ということ は、なんと心強い、すばらしい真理ではないでしょうか。
(by 明智信作)