「すべてのことについて感謝しなさい2」
お元気ですか? 明智信作です。
最近、聖書のみことばにしたがって、いっでも、すべてのことについて神に感
謝し、神を讃美するように心がけています。その結果、いろいろな新しい発見を
しています。
神を信じるといいながら、不平や不満、つぶやき、愚痴が多かったことに気付
きました。感謝し始めた時に、今までの生活との違いを発見しています。
そして、自分が、神を信じるといいながら、神への信頼が欠けていた事を発見
しています。キリストが、弟子たちにお語りになった、「ああ、信仰のうすい者
たちよ」とのみことばは、そのまま私自身に向けられていることを、あらためて
思いました。
旧約聖書に記されているあのイスラエル人たちの荒野での経験が、そのまま、
今日の神を信じる者達の経験になっているのではないだろうか、とあらためて思
います。
イスラエル人たちが出エジプトした時、彼らは、神の偉大な力を見ました。紅
海が二つに分かれ、その水の間を通って救い出されました。彼らは驚くべき体験
をしました。ところが、聖書を開いてみますと、このすぐあとに何が起こったか、
が記されています。
「さて、モーセはイスラエルを紅海から旅立たせた。彼らはシェルの荒野に入り、
三日のあいだ荒野を歩いたが、水を得なかった。彼らはメラに着いたが、メラの
水は苦くて飲む事ができなかった。それで、その所の名はメラと呼ばれた。とき
に、民はモーセにつぶやいて言った、わたしたちは何を飲むのですか。モーセは
主に叫んだ。主は彼に一本の木を示されたので、それを水に投げ入れると、水は
甘くなった.」(出エ15:22−24)
あのすばらしい奇跡を体験してわずか3日しかたっていませんでした。しかも、
その間も、神のご臨在を自分の目で見る事ができていたのです。
出エジプト記13:21、22には、
「主は彼らの前に行かれ、昼は雲の柱をもって彼らを導き、夜は火の柱を持って
彼らを照らし、昼も夜も彼らを進み行かせられた.昼は雲の柱、夜は火の柱が、
民の前から離れなかった」
とあるからです。
わずか三日の間に、もう神に向かってつぶやいている、なんと不信仰な民だろ
う、と以前は思っていました。しかし、現実に、すべてのことについて感謝する
事を始めてみたとき、以前の自分の婆が、逆にきわだって見えて来ました。
一日と言えども、全く不平、不満、ぐち、つぶやき、批判、中傷を一言も言わ
ないで過ぎるということが、どれだけあったろうか、こころもとない自分を発見
したのです。人に言わないだけでなく、心の中でも、このような精神に支配され
ずに過ごすことが、どれだけあったろうか。あなたはいかがですか。
もはやイスラエルの民を、不信仰と決めつけられなくなりました。彼らの姿は、
自分の姿であります。
そして、覚えていただきたい事は、神は、イスラエル人のために、メラの水を
甘くして与える事を最初から計画しておられたのです。彼らがつぶやかなくとも、
彼らの必要を神はご存知でした。
自分達をあのすばらしい奇捗で救い出して下さった神は、自分達を愛して下さ
り、自分達の旅路に共にいて、すべての必要を満たして下さる、ただ信頼し、神
を崇めて、感謝していれば良かったのです。しかし、イスラエル人たちは、それ
ができませんでした。
(by 明智信作)