「救いの確証」

 お元気ですか? 明智信作です。

 今回は、神が私たちを罪から救ってくださるという確かな証拠、揺るがない根 拠は、カルバリーの丘で、十字架にかかって死んでくださったキリストにある、 ということをご一緒に確認したいと思います。

 あなたが罪から救われる根拠は、あなた自身の中には、微塵もない、というこ とでず。あなたの祈り、あなたの奉仕、あなたの信仰のわざ、あなたの奉仕や献 金その他の善行が、あなたの救いの根拠となることは、決してありません。

新約聖書第2コリント5:21に、次のように記されています
「神はわたしたちの罪のために、罪を知らないかたを罪とされた。それは、わた したちが彼にあって神の義となるためなのである。」

 この「神の義」ということばに注目して項きたいと思います。私たちが救われ て永遠の命を得るための条件は、義である、ということです。言い替えれば、人 の心の中まで見通し、また人が隠れてしたことも、言ったこともことごとくご存 知の神の目に、罪がない、完全である、ということです。この条件を満たし得た 人が一人でもいるでしょうか。

「義人はいない、ひとりもいない」(ローマ3:1 0)とあります。

私たちのうち、一人も、自分の行いを根拠に救われる人はいないのです

 ェレン.ホワイトという方の書いた「キリストヘの道」に、この救いの問題に ついて、大変分かりやすく、教えてくれていますので、引用してみたいと思いま す。

「とこしえの命を受ける条件は、私どもの祖先が罪に陥る前すなわちパラダイス にいたときと全く同じであって、それは、神のおきてに完全に服従すること、つ まり完全に義であることであります。

・・・罪に陥る前、アダムは神のおきてに服従することによって、正しい品性を つくり上げることができましたが、かれはこれに失敗し、かれの罪のために、私 どもは生まれながら罪あるものとなり、自分の力で義となることはできなくなり ました。

・・・キリストは、この地上で私どもが会わねばならない試練と誘惑のまっただ 中で生活し、罪なき生涯をお送りになりました。

 そして、私どものために死に、今や私どもの罪を取り除いて、おのれの義を与 えようとしておいでになります。もし自分をキリストにささげ、キリストを自分 の救い主としてうけいれるならば、その生涯はこれまでいかに罪深きものであっ ても、かれのゆえに義とみなされるのであります。キリストの品性があなたの品 性の代わりとなり、神の前に全然罪を犯したことのないものとして受け入れられ るのでぁります。」(キリストヘの道p81)

 神の御子キリストが、私たちの成し遂げることのできなかった義を完成して下 さり、また私たちが受けるべき罪の刑罰である死を、キリストがあの十字架で身 代わりに死んで下さったので、自分の罪を認め、悔い改めてキリストを自分の救 い主として信じる者に、キリストの義を与える、と教えているのです。
(by 明智信作)