「あなたの足もとを照らす聖書」

 お元気ですか? 明智信作です。

 毎日起こる事件の報道を見ていると、私たちはあすのこともわからぬ身なのだ、 という聖書の言葉を実感します。私達には、明日何が起こるのか、本当にわから ないのです。このために、多くの人たちは、将来に対して不安をいだいています。

 昨年の暮れ、ある新聞の社説にこんなことが書いてありました。 「戦後を支えてきた社会経済システムは、激しく転換している。リストラが進む なかで年功序列は崩れ始め、終身雇用も揺れている。多くの人が日常に追われて 惑い、将来への不安を抱く。その心のはざまに、疑似宗教などがつけ込む。

 詐欺容疑で「法の華」一斉捜索は、この世相を映す。春奈ちゃん殺害容疑で逮 捕された近所の主婦には、心の闇を思う。不確かな情報が、風評被害を生んだ所 沢産野菜のダイオキシン汚染騒動の背景にも、漠たる不安心理がある。・・(こ のあと明治、大正、昭和、平成の時代の変転をみてきた91才の女優、長岡輝子 さんの言葉を引用しています。「空間と、静寂と、沈黙は私達に必要なもの」そ して結論として)足もとを静かに見直してみる、そんな心の持ち方が必要とされ る時代である。」

 この社説の中に、「惑う」「不安」ということばが繰り返されていたのが印象 に残っています。

 ところで、社説では、「足もとを静かに見直してみる」必要を訴えてい舞うが、 どのようにして自分の足もとを見直すのでしょうか。自分が神に造られた存在で ある事を認め、造り主の前に身を低くし、神が人間に語りかけておられる聖書の 言葉に照らしてこそ、本当の意味で、足もとを見直す事ができるのではないでし ょうか。

 旧約聖書詩編119編に、 「あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。」

とあります。今のこのような不安な時代に、将来を照らし、今日という日を導く、 神のみことばである聖書が与えられている事は、本当に幸いな事です。あなたも また、この聖書をお学びになるなら、計り知れない祝福と平安、生きる希望をみ い出すことができます。

                             (by 明智信作)