「母にもまさる愛の神」

 お元気ですか? 明智信作です。

 私には故郷に75才の母がいます。父に先立たれて今は一人暮らしです。何才 になっても私は母にとってはかわいい息子のようです。わたしのことを昔と変わ らず「信ちゃん」と呼んでいます。

 私が沖縄の石垣島で牧師をしていた時には、父と共に、初めての飛行機を乗り 継いで遊びに来ました。フィリンピンに留学していた頃は、1週間から10日毎 に手紙を書いてくれました。日本の食品やお菓子などもよく送ってくれました。 アメリカに留学した時は、毎週土曜日の夜に電話をかけてくれました。

 特別にニュースがあるわけではありません。話しの内容もこわれた蓄音機のよ うに2、3回同じことを繰り返します。そして、「毎日祈ってるんよ」と言って くれました。ありがたいことです。帰国があと一か月と迫った頃からは受話器の 向こうから、大きな、はずんだ声が聞こえてきました。母の喜ぶ心が伝わってき ました。

 母が私のことをどんなに大切に思ってくれているかが、ひしひしと伝わってき ます。私が母を思う思いはるかにまさって、母は私のことを心にかけてくれてい るのです。このような母を持つ私は幸せだと思います。

 ところが聖書にはさらにすばらしいことが書かれています。旧約聖書イザヤ書 49章15節です。

「女がその乳飲み子を忘れて、その腹の子をあわれまないようなことがあろうか。 たとい彼らが忘れるようなことがあっても、わたしは、あなたを忘れることはな い。」

 母親が自分の子供を忘れることがあるでしょうか。残念ながらあります。幼い 子供を車の中に置きざりにして、パチンコに夢中になっている間に、脱水症状を 起こして死亡、というニュースを繰り返し聞きます。

 確かに母親も人間、子供のことを忘れることがあります。しかし、私たちを造 られた創造の神は、「たとい彼らが忘れても、私はあなたを忘れることはない」 決して決して片時も忘れない、と言われるのです。私たちを、これほどに愛して 下さる神がおられるのです。
                             (by 明智信作)