「親しき仲にも」

 お元気ですか? 明智信作です。

 千葉県の三育学院で牧師を目指して学んでいた時、私は先生からしかられた思 い出があります。私は小学生、中学生時代を通じて、先生にかわいがられたせい か、先生を友達のように感じるところがありました。

 三育学院では労作教育があり、学生は週に一定の時間、労働をすることが義務 づけられていました。私は当時キャンパス内の道路の補修や植木の手入れなどを していました。

 指導の先生は、その昔、農業部で指導され、厳しさと優しさをあわせもち、 「おやじ」と呼ばれて慕われていた先生でした。この先生は、学生によく雷を落 とすので、「ドンちゃん」とあだ名されていました。

 ある日曜日の朝、いつものように礼拝のために事務所へ集まりました。私はい つものように尊敬していた先生のすぐ隣にすわりました。その日はどういうわけ か時間になっても半分以上の学生が来ていませんでした。その時、私は先生に向 かって、「またドンちゃんを始めますか」と言ったのです。すかさず先生は「生 意気なことを言うな、親しき仲にも礼儀あり、これがクリスチャンの道、これが 王道です」と私に諭してくださいました。その声がふるえていたのを覚えていま す。

 私は自分がしかられたにもかかわらず、不思議な程素直に聞くことができまし た。少しも心が傷つかなかったのです。あとで知ったのですが、先生は私のなれ なれしさが心にかかり、ずっと祈って下さっていたそうです。

 聖書に、真の愛は「不作法をしない」と書かれています。イエス・キリストは 誰に対しても、たとえ自分を裏切ったユダにも、自分を侮辱し、迫害する者にも、 不作法ではありませんでした。ののしられてもののしり返しませんでした。キリ ストの目にはどの魂も尊く映ったのであります。

 不作法は相手を軽んじる傲慢な心から出てきます。逆に相手を尊び、思いやる 心から真の礼節が生まれてくるのではないでしょうか。その思いやりは人のため に祈ることの中で深められていくことを、私は先生にしかられた経験から学びま した。
                             (by 明智信作)