お元気ですか? 明智信作です。
キリストによる救いの働きは、霊と心と体のいやしをめざすものでした。「人 間の全的回復」こそキリストがめざした救いの働きであります。キリストが、こ の地上におられるときに、この働きをどのようにして成し遂げられたか、を今朝 も一つの実例に基づきながら、学んでみたいと思います。
これは、とりもなおさず、キリストの愛を具体的に学ぶことをも意味していま す。新約聖書マルコ1:40ー42は、私の大好きな箇所の一つです。そこには、 このように書かれています。
ひとりのらい病人が、イエスのところに願いにきて、ひざまずいて言った、 「みこころでしたら、きよめていただけるのですが。」イエスは深くあわれみ、 手のを伸ばして彼にさわり、「そうしてあげよう、きよくなれ」と言われた。す ると、らい病が直ちに去って、その人はきよくなった。
この話しをよりよく理解するためには、らい病、およびらい病人がイエス様の 時代にどのように見られていたかを理解する必要があります。現在らい病はハン セン氏病といわれ、その原因となる菌が発見され、治療法が確立され、この病気 になっても社会復帰が可能になっています。ですから、私たちはこの病気の人に 対して何一つ偏見をもつ必要はありません。しかし、イエス様の時代はそうでは ありませんでした。
彼らは、肉体的にも、精神的にも、社会的にも、また霊的にも、深刻な問題を かかえており、救いを必要としていたのです。
まず第1に、らい病人の体はいやされる希望がほとんどなく、絶望的な思いを いだいていました。当時、らい病ほど恐れられている病気はありませんでした。 らい病であると宣言されることは死の宣告に等しい事でした。病人にとっては、 今日末期のガンの告知を受けるに等しいことでした。
しかし事態はもっと深刻でした。この病気が病人に恐ろしい結果をもたらし、
顔かたちまで変わってしまうので、どんなに勇敢な人でも恐怖に満たされるので
した。そして、もうこの病気は治る見込みがほとんどない、という現実に直面し
ていました。イエス様のもとに来られたらい病人も、この絶望感を長い間味わっ
ていたのです。
(by 明智信作)