「人間の全的回復4」
お元気ですか? 明智信作です。
前回までに、イエス様の噂を聞いて、望みをいだいたらい病人が、イエス様を
捜し当てるところまで話しました。
さて、イエス様のまわりには、いつものように、たくさんの人々が集まってい
ました。あのらい病人が近づくと皆はどうしたでしょうか。人々は恐怖に顔をひ
きつらせ、蜘蛛の子を散らすように、彼を避けて遠ざかったにちがいありません。
しかし、彼は今、人がどんなふうに自分のことを見ようが、問題ではありませ
んでした。このらい病人は、ただイエス様だけを見つめながら、近づいていきま
した。
イエス様はどうしたでしょうか。イエス様は、一歩も退きませんでした。そし
てとうとう、イエス様のそばまで来たのです。彼はひざまずいて言いました。
マルコ1:40「みこころでしたら、きよめていただけるのですが」
これには、ふたつの思いがこめられています。一つは、あなたにはきよめる力
がおありです。という信仰の表明です。もう一つは、私のような罪深い者をきよ
めることが、あなたのみこころにかなうものかどうか、わたしにはわかりません、
というためらいと不安です。
神の刑罰のもとに苦しんでいるわたしのような罪深い者に希望があるだろうか。
彼は、自分の病気を思う時に、心がぐらつくのでした。
このらい病人に対するイエス様の表情、態度、ことばに注目してください。
マルコ1:41「イエスは深くあわれみ」
らい病人が、病気にかかってから味わってきた、言い知れぬ寂しさ、絶望感、
冷たい目で見られるつらさ、神のさばきのもとに生きる苦しみと恐れ、これらの
すべてを察し、深く同情されました。イエス様は、彼の訴える目をじっと見つめ
られました。
そして、「手を伸ばして彼にさわり『そうしてあげよう、きよくなれ』」と言
われました。イエス様は全能の神でしたから、ことば一つでいやすことができま
した。主のみことばには力があります(マルコ1:25、26;2:11、12
etc)。
しかし、イエス様は、彼に対してわざわざ手を伸ばして彼にさわられました。
なぜでしょうか? この接触にこそ、イエス様のらい病人への愛が凝縮されて表
現されていたのです。それは、愛とあわれみに満ちた接触でした。
(by 明智信作)