「人間の全的回復6」
お元気ですか? 明智信作です。
キリストがらい病人に対してあわれみ深いのは、キリストご自身が、らい病人
と同じように、試みの経験をしていたからだ、ということを前回話しました。
まだ言い残したことがあります。らい病人は、自分の病気が自分の罪に対する
神の刑罰として、永遠の滅びを恐れつつ生きていましたが、キリストは、全人類
の罪を背負って、罪人として、現実にあの十字架の上で、神のさばきを受けられ
たのです。
「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という叫びこ
そ、人類のだれもがまだ経験したことのない苦しみ、魂の絶望の叫びだったので
す。キリストは「世のはじめからほふられた小羊」(黙示録13:8、詳訳聖書)
でしたから、らい病人の恐れと苦しみを、誰よりも、キリストはよくわかってく
ださったのです。
そして、何よりも、キリストは、このらい病人を愛しておられました。だから
こそ、キリストのあわれみはこのらい病人に対してあふれてきたのです。当時、
らい病は罪の代名詞のようにいわれていましたが、キリストは人類の罪を背負わ
れたことによって、罪のらい病を引き受けられたおかただったのです。
ですから、キリストは、あのらい病人に対してあわれみ深いだけでなく、私た
ちにたいしてもあわれみ深いのです。実は、あのらい病人の経験は、ひと事では
ありません。
実は、私たちも罪というらい病をもっています。自己中心、傲慢、怒り、裁き
の精神支配されたりする時、私たちも罪の病気にかかっているのです。自分が正
しいと思っているとき、人は近づきにくくなります。
しかし、そのような罪があっても、キリストは、罪を自覚し、それを告白し、
ゆるしを求める者を深くあわれみ、手を伸ばしてさわってくださり、その罪をゆ
るし、きよめてくださるのです。
キリストは、そのあわれみ深い愛を、体で感じることのできるかたちであらわ
し、わたしたちを、精神的にも、肉体的にも、社会的にも、霊的にも全的に回復
して下さる救い主であります。わたしたちのうち、だれひとり、このキリストに
見捨てられる人はいません。キリストのあわれみはつきることがないのです。
(by 明智信作)