お元気ですか? 明智信作です。
先回に続き、信仰生活において、暗い中を歩いて光を得なくても、なお主に信
頼する信仰を、「しかし」ということばで表現した聖書のみ言葉を紹介します。
詩篇94:16ー22
だれがわたしのために立ち上がって、悪しき者を責めるだろうか。
だれがわたしのために立って、不義を責めるだろうか。
もしも主がわたしを助けられなかったならば、わが魂はとくに音なき所に住ん
だであろう。
しかし「わたしの足がすべる」と思ったとき、主よ、あなたのいつくしみは、
わたしをささえられました。
わたしのうちに思い煩いの満ちるとき、あなたの慰めはわが魂を喜ばせます。
定めをもって危害をたくらむ悪しき支配者はあなたと親しむことができるでしょうか。
彼らは相結んで正しい人の魂を責め、罪のない者に死を宣告します。
しかし主はわが高きやぐらとなり、わが神はわが避け所となられました。
詩篇73:2、3、21ー26
わたしは、わたしの足がつまずくばかり、わたしの歩みがすべるばかりであった。
これはわたしが、悪しき者の栄えるのを見て、その高ぶる者をねたんだからで
ある。
わたしの魂が痛み、わたしの心が刺されたとき、
わたしは愚かで悟りがなく、あなたに対しては獣のようであった。
けれどもわたしは常にあなたと共にあり、
あなたはわたしの右の手を保たれる。
あなたはさとしをもってわたしを導き、
その後わたしを受けて栄光にあずからせられる。
わたしはあなたのほかに慕うものはない。
地にはあなたのほかに慕うものはない。
わが身とわが心とは衰える。
しかし神はとこしえにわが心の力、わが嗣業である。
わたしたちもまた、暗い中を歩いても、なお十字架の主を信じ、主の愛に信頼し
ていこうではありませんか。
(by 明智信作)