お元気ですか? 明智信作です。

 旧約聖書イザヤ50:10をもう一度引用します。

「あなたがたのうち主を恐れ、そのしもべの声に聞き従い、暗い中を歩いて光を 得なくても、なお主の名を頼み、おのれの神に頼る者はだれか。」

 賛美歌87Bは、暗い中を歩いて光が見えない状況に置かれた時に、口ずさむ にふさわしい信仰の歌であります。

一節 恵みの光は わがゆき悩む 闇路を照らせり、 神は愛なり。
   われらも愛せん、 愛なる神を。

二節 浮き雲おおえど み顔の笑みは さやかに照りいず、神は愛なり。
   われらも愛せん、 愛なる神を。

三節 憂いの時にも 望みを与え、 慰めたまえり、 神は愛なり。
   われらも愛せん、 愛なる神を。

 信仰生活において、暗い中を歩いて光を得なくても、なお主に信頼する信仰を、 「しかし」ということばで表現した聖書のみ言葉の一部を紹介します。

詩篇14:6
 あなたがたは貧しい者の計画をはずかしめようとする。
 しかし主は彼の避け所である。
詩篇18:18
 彼らはわたしの災いの日にわたしを襲いました。
 しかし主はわたしのささえとなられました。
詩篇86:14、15
 神よ、高ぶる者はわたしに逆らって起こり、荒ぶる者の群れはわたしのいのち を求め、彼らは自分の前にあなたを置くことをしません。
 しかし主よ、あなたはあわれみと恵みに富み、怒りをおそくし、いつくしみと、 まこととに豊かな神でいらせられます。

 いかがでしょうか。試練にあう時、どうか、人類のだれも経験したことのない 試練を、あのゲッセマネの園において、また、十字架の上で、愛の神から引き裂 かれる悲痛な試練を味わい、私達のために救いの道を開かれたキリストを思い出 して下さい。あの十字架こそ、全人類に対する造り主の、私達に対するゆるがな い愛の証拠であります。
(by 明智信作)