「わたしはあなたのことを忘れません」

 お元気ですか? 明智信作です。人生には、それぞれ忘れてはならない大切な 体験や出会いというものがあります。

 杉原千畝さんは、第二時世界大戦の時、リトアニアの日本領事館に務めていた 時、ヒトラーによるユダヤ人迫害から逃れようとするユダヤ人のために、自分と 家族の命を危険にさらしながら、ビザを発行し、何千人ものユダヤ人を救った人 です。

 杉原さんは、領事館の前に殺到し、命ごいをするユダヤ人を2階の窓から眺め ながら、何日も苦しみ悩みました。そして、日本の本国にビザを発行する許可を 求めるのですが、許可はおりませんでした。本国の許可なく、ビザを発行するこ とは、自分自身の将来も捨てる覚悟が必要でした。そのような状況の中で、彼は ついにユダヤ人の救出のためにビザを発給する決心をしたのです。

 1940年7月末のことでした。杉原さん40歳のときでした。それから毎日 毎日、腕が動かなくなるほど、懸命にパスポートにサインをしていったのです。 やがて、領事館を閉鎖し、市内のホテルに非難しなければならなくなった時も、 領事館の前に、ホテルの名前を掲示し、そのホテルでも、ビザの発行を続けまし た。

 いよいよベルリンに向かう日も、杉原さんは、汽車の窓から差し出されるパス ポートに次々とサインをしたのでした。やがて汽車が動きだし、もうこれ以上、 できないとわかったとき、「すみません。私にはもう書けません」と言って去っ て行くのです。その時、一人のユダヤ人が、「私はあなたのことを決して忘れま せん。また、必ずお会いしましょう」と言って別れの挨拶をしました。

 それから、28年後、日本に帰っていた杉原千畝さんを訪ねて一人のユダヤ人 が家にやってきました。28年前に、再会を約束したあのユダヤ人だったのです。 「私はあなたのことを28年間捜し続けました。あなたに会えて嬉しいです」と このユダヤ人は言いました。

 この人は、自分を助けてくれた杉原さんへの感謝を忘れず、28年間捜し続け たのです。受けたご恩を忘れない者でありたいと思います。
(by 明智信作)