「さやにしがみつくソラマメ」

いつもメールマガジンを読ませて戴いています。
心がなごむお話にいつも感謝しています。
私は洗礼を受けたクリスチャンではありませんが、
高校生の頃、三浦綾子さんの作品のおかげで、
心が救われた事があり、それ以来、
キリスト教の教えにずっと関心をもっています。

私は去年、父を亡くしました。なんの親孝行もせずに
死なせてしまいました。一度も心から
ありがとうと感謝も伝えたことがないばかりか、
父のありがたみを意識したこともなかったと思います。
亡くなった後、私は目の前が暗くなった気がしました。
なんて世の中は不安に満ちたところで、
なんて自分は頼りない存在なのだろうと思いました。
いなくなって初めて、父が自分をいろいろなことから
守り続けてくれていたのかが分かりました。
父にひとことでもいいから、ありがとう、と伝えることが
できるなら、どんなことでもしたいと思います。
その心は本当です。けれど、その一方で
私は自分の心の貧しさ、弱さ、卑怯さを感じています。
父がいなくなったことで、私は以前のように
裕福ではなくなりました。といっても、
食べることには困らないし、ある程度の
贅沢もしています。でも、それに感謝するどころか、
前のように好きなように贅沢ができないことを
不満に思う心、かつての自分のような立場にある人を
妬む気持ちをとめられないのです。
私は既婚者です。彼は、私にやさしく、
穏やかな生活を与えてくれています。
その彼に感謝の気持ちを持たなくてはいけないのに、
父ほどの裕福さを与えてくれないことを
心で不満に思っていて、それはひどい裏切り行為であって、
卑怯です。
裕福さの中にあったときは、
お金のありがたさがわからなくて、感謝もしなかった上に、
お金儲けに走る父を見下したこともありました。
いざその立場が危うくなると、みっともないほどに動揺し、
目に見えるものだけに心を奪われ、あさましいほどに
それに追いすがっている自分が嫌です。
しかもそれは生命にかかわることでもなく、
ただただ虚栄を満たしたいのに、満たせないという
馬鹿馬鹿しく、我ながら情けないことなのです。
こんな馬鹿なメールを読ませてしまいすみません。
ただ、私は自分がおろかであることを
はっきり言葉にして吐き出したかったのです。
神様が与えてくださる分だけの幸せに心から
満足し、感謝して、平安な心をもてたらと思います。
人と比べて、自分の幸福をはかることをやめられたらと思います。
私の心が醜いことをもっと自分にわからせたい。

[牧師の御返事]

 メールマガジンの私の記事「三つのそら豆」を読んでお便りを下さってありが とうございました。

 さて、あなたの赤裸々な気持ち(告白とでも申しましょうか)があふれている お便りを読んで、とても感動しました。人はまず自分の心の状態がどんなところ にあるのか知らないと、悟らないと、さらに先にはつき進めません。聖書の中に

「主は心の砕けたものに近く、魂の悔いくずおれた者を救われる」 (詩篇34:18)

と言う言葉があります。

 神様は誰よりもあなたのこと、あなたの現在の心の思いをご存じです。あなた が、ご自分の現在の心の思いを反省して、「神様が与えて下さる分だけの幸せに 心から満足し、感謝して、平安な心を持ちたい」というその素晴らしい思いは神 様に通じていると信じます。

 勇気を持って前進して下さい。きっと神様からの平安と喜びがあなたの心に満 ちあふれることでしょう。

 素晴らしいお便りありがとうございました。あなたのことを神様にお祈りして います。寒い日が続いていますのでお体にお気をつけてお過ごし下さい。
鴨田増一