「キリストの愛に動かされて」

 お元気ですか? 明智信作です。
 過去2週にわたって、キリストの弟子であったパウロの生き方から学んで来ま した。パウロが、ひたすらキリストを求めて、前進、向上しようとしたのは、パ ウロが、キリストの愛にとらえられていたからだ、ということを既にお話ししま した。

「キリストの愛がわたしたちに強く迫っているからである。」

と彼自身が書いています。

 彼には無知からとはいえ、クリスチャンの迫害者だった過去がありました。キ リストの弟子を片っ端から捕まえては、投獄し、死に至らせたのでした。そんな 自分に、復活されたキリストが幻の内に現れ、「なぜ、わたしを迫害するのか」 と語りかけたのでした。クリスチャンを迫害する事によって、キリストを迫害し ていた自分の姿に気づかせられたパウロは、それでも、自分を赦し、受け入れ、 今度は、あらたにキリストの伝道者として選んで下さったキリストの愛に強く動 かされていったのです。

 パウロは次のように証言しています。

「私は、・・・主イエス・キリストに感謝する。主はわたしを忠実な者と見て、 この務めに任じてくださったのである。・・・「キリスト・イエスは、罪人を救 うためにこの世にきてくださった」という言葉は、確実で、そのまま受け入れる に足るものである。わたしは、その罪人のかしらなのである。」

 パウロは、キリストの愛に感動し、その愛をいつも心に味わいつつ前進しまし た。敵対していた時、そのまんま、包み込んでくださったキリストを、彼は決し て忘れませんでした。自分を忠実な者とみなしてくださったキリストの信頼に応 えようとしたのです。自分の現在があるのは、キリストのあわれみによる事を、 深く味わっていました。十字架を見上げるたびに、パウロは、キリストの強く迫 る愛と、あわれみ、自分への変わらぬ信頼を感じて、励まされたのです。

 彼を動かしたのは、このキリストの無条件の愛でした。真実の愛は、ひたむき なものです。一心に相手を思い、相手の為に惜しみなく与え続ける愛です。この 愛が私たちにも注がれています。

 エレン・ホワイトという人も、その著書の中で、パウロの働きの原動力につい て、次のように書いています。

「パウロにとって、十字架は最高の関心をはらうべき唯一の対象であった。パウ ロは、十字架にかけられたナザレ人に従う者たちを迫害していたさ中に捉えられ て以来、ずっと、十字架をあがめつづけてきた。その時、キリストの死に表され た、神の無限の愛についての啓示が彼に与えられたのである。

・・・パウロが以前に、聖徒たちの名を借りて冷酷にも迫害していた栄光の主に 対する愛は、彼の行動を駆り立てる原理、すなわち原動力であった。もし義務の 道において熱情の衰えることがあれば、彼は十字架を一目見るだけで、そこに驚 くべき愛が示されていることを知り、自己否定の道に邁進するのであった。」 (患難から栄光へ、上、264、265)

(by 明智信作)