「私の隣人」

 ある日の夕方、大阪枚方の駅前で一人の男の人が大きなプラカードのようなも のを持って立っていました。

「僕の妻にO型の皿をください。時間がないのです」この男の人はそれを示しな がら大声で叫んでいました。実はこの人の奥さんが急病で病院に担ぎ込まれて、 すぐ手術ということになって、多量の新鮮な血液が必要になりました。ところが、 そのO型の新鮮な血液がなかなか間に合わないのです。奥さんの命にかかわるこ となのでやむにやまれず男の人はこの行動に出ました。

 ちょうど駅前を通りかかった大勢の人が協力を申し出ました。また、駅前の交 番のお巡りさんは「血液の提供者を私が病院まで案内しましょう」といって何回 も駅と病院の間をパトカーで往復して助けてくれました。

 このようにみんなの協力の結果この奥さんの手術に必要な血が充足され、そし てその手術も無事に終わりました。やがて奥さんの頬に血の気が戻ってきて、そ の顔をじつと見つめながらこの主人は「人間がこんなに素晴らしいとは知らなかっ た」と言いました。

 隣り人、隣人になるということは、枠を超えて、ある場合には社会通念や常識 を超えてでも、相手を自分の立場に置き換えて愛してゆくことだと聖書は教えて います。

 それにしてもあの晩、なんと多くの素晴らしい隣人が一人の奥さんのまわりを 取り囲んでいたことでしょう。みんながこんな気持ちで助け合えたら、どんな素 晴らしい世の中になることでしょう。

「何ごとでも人々からしてほしいと望むことは、人々にもその通りにせよ」    −新約聖書 マタイによる福音書 七章一二節−
(by 鴨田増一)