「キリストの苦難にあずかる」
使徒たちは、御名のために恥を加えられるに足る者とされたことを喜びながら、
議会から出てきた。(使徒行伝五ノ四−)
使徒たちがエルサレムの街道をこちらへ向かって歩いてきます。彼らは、たっ
た今サンヒドリンの会議に出頭してきたところでした。ずいぶんうれしそうです。
いったい宗教会議がイエスの教理とその宣教を認めたとでもいうのでしょうか。
しかしそうではなかったのです。彼らの歩いてくる林道の石が赤くなっていま
す。彼らの服は血が流れ傷ついた背中にぴったりとくっついています。
なのになぜ、彼らはあんなにも幸福そうなのでしょう。これより少し前に「も
うひとり」の者の背中が曲げられ、むちの鋭い打撃がその人の皮膚を破りました。
その人は使徒たちの主であり救い主でした。そして今、その主のために同じ経験
をなめたのを喜ばずにいられるでしょうか。
キリストはあなたのために命を与えてくださったのに、あなたは隣人にパンの
かけらをも与えようとしません。キリストは敵のために祈られたのに、あなたは
友人のために祈ろうとしません。キリストは顔をこぶしで打たれても耐えたのに、
あなたは渋面にも耐えません。これがキリストの跡に従うことでしょうか。
救い主キリストが恥を忍び苦難の道を歩まれたのにあなたは欲望の中で生きる
ことを望むのですか。イエス様がいばらの冠をかぶられたのに、あなたは黄金の
冠をかぶることを願うのですか。イエス様は私を救うために十字架を忍んだので
す。
(by 広瀬美子)