「種まきの話」

 春分の日も過ぎて、暖かな太陽の光を楽しめる頃となると、野や山は緑をまし、 畑にまかれた種は芽を出し、ぐんぐん生長していきます。

 ガリラヤ湖畔一帯に広がる美しい山や野で忙しく働く農夫たちの姿を見ながら、 ある時イエスは、次のような種まきの話をなさいました。

 農夫が種をまいたが、道端に落ちたものは鳥に食べられ、石地に落ちたのは土 が深くなかったのですぐ芽を出したが枯れてしまい、いばらの茂っている地に落 ちたものは、それにじゃまされて育たなかった。しかし、よく耕された肥えた土 地に落ちた種は生長してたくさんの実をつけた、というのです。

 ここでイエスは、このたとえ話を通して、種である神のみ言葉も、それがまか れた土地、すなわち私達の心の状態によって育ったり育たなかったりするという ことを教えておられます。

 私が横浜の郊外に住んでいた時、裏庭の小さな畑を、耕して、肥料もたくさん いれて大根の種をまいたことがありました。そしてりっぱな大根を収穫しました。 ところがそのあくる年、前の年によく出来たからと、少し油断してあまりよく耕 さないで種をまいたところ、親指ほどの大根しか収穫できませんでした。よく耕 された土地にだけ、よい収穫があることを、はっきりと思い知らされました。

 聖書に書いてある神のみ言葉が本当に私のものとなるためには、まずその前に 私の心の状態が問題となります。素直な気持ちでそれに対する時、心の中にみ言 葉はしみ込み、生長し、あなたの人生に今まで経験したことのない大きなことを 実現させるのです。
(by 鴨田増一)