「狭い門から入れ」
「狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこか
らはいって行く者が多い。命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを
見いだす者が少ない」。マタイ七ノ十三、十四
ジイドが『狭き門』という本を書いていますが、日本における狭き門とは何で
しょうか。受験、就職などさまぎまです。では天国へ入るのも受験と同じで、い
いかげんな信仰生活では入れない、そこには血の出るような努力と忍耐が必要だ
というのでしょうか。
確かにクリスチャン生涯は戦いです。しかし、それは救われるための戦いでは
ありません。「あなたがたがこんなにも早く、あなたがたをキリストの恵みの内
へお招きになった方から離れて違った福音に落ちていくことが不思議でならない」
とあるように福音から離れないように日々戦い前進していくのです。
命に至る門「そしてそれを見い出す者が少ない」との言葉は厳しいキリスト者
の信仰というより、救いの門と滅びの門とを見極めなさい、と言っているのです。
滅びに至る大きな門とはイエス・キリストを通るのでなく行いによって律法によ
って救われようとする門です。
狭い門とはイエス・キリストであり、恵みによる、信仰による救いの門です。
だれでもが入ることのできる広々とした恵みの門なのです。イエス様に選ばれ救
われていることが狭き門そのものを表しているのです。私たちはすでに救われて
いるのです。イエス様が救ってくださったのです。そして私たちは、決してそこ
から離れ出てはならないのです。
(by 広瀬美子)