第15課 黙示録と審判
前回の教課で、現在天ですでに審判が始まっていることを学びました。審判と
いうことばを聞くといろいろな質問が浮かびます。裁かれるのはだれでしょうか。
証拠はどのようにして集められるのでしょうか。自分のために、どもりながら弁
護しなければならないのでしょうか。
それとも天は援助者を準備して下さるのでしょうか。サタンの判決はだれが決
定するのでしょうか。神は審判そのものを必要としておられるのでしょうか。神
は審判などしなくても、だれが何をしたかよくど存知なのではないでしょうか。
自分の行動から考えて、審判の時にわずかでも無罪になるチャンスがあるのでし
ょうか。
審判は神の大いなる計画の中で重大な部分を占めており、ある人は聖書の中に
1,000回も審判について書いてあると言っています。特に黙示録では大声で
審判について語っています。この重要な主題について研究するに当って聖霊の導
きがあるように祈ります。
神の前でのあなたの審理
問1.聖書によれば、だれが天の審判を受けますか。
コリント第二5:10(新282)。
答:「わたしたちは( )、キリストの( )の座にあらわれ、」(義人+
悪人)
問2.前回の教課によれば、天の審判はいつ始まりますか。ダニエル8:14
(旧1236)。
答:紀元1844年
注:審判は1844年に始まりました。その時イエスは至聖所に入って、天の贖
罪の日の働きを始められました。黙示録11:19は同じ時期を指していま
す。またこの聖句は天で審判が始まったことを教えています。
問3.裁判官はだれですか。
答:詩篇50:6(旧791)「( )はみずから、さばきぬしだからである」
ヨハネ5:22(新143)「( )さばきのことばすべて、( )にゆ
だねられたからである」
注:裁判のとき、神は全体を統轄されますが、み子に主役を譲られました。
わたしたちの一番良い友人であり、真実な友人であるイエスが、裁判官にな
られることは何とすばらしいことでしょう。
問4.わたしたちに対して、父と子はどんな態度をとられるでしょうか。
答:a、テモテ第一2:4(新328)「神は、( )の人が救われて、
( )に至ることを望んでおられる。」
答:b、ヨハネ16:27(新169)「( )ご自身があなたがたを( )
おいでになるからである」
この審判には三つの局面があります。それを注意深く学びましょう。
第一局面:再臨前の審判
問5.今天で行われている審判の第一局面で、だれが神と対面しますか。
ぺテロ第−4:17(新371)。
答:「さばきが( )の( )から( )時がきた」
注:神の家とは神の教会のことです(テモテ第一3:15)。現在進行中の審判
は、イエスの僕であると思っている人たちを対象としています。悪人は第一
局面では裁かれません。この審判で、信徒が偽者であるかほんものであるか
が明らかになります。
問6.義人の弁護士はだれですか。ヨハネ第−2:1(新376)。
答:「わたしたちのために助け主、すなわち、( )なるイエス・( )
がおられる。」
注:信じられないことですが、わたしたちの裁判官は弁護士でもあります。
神を賛美しましょう。聖書は、はっきりと神が恵み深く、信頼できるお方で
あると言っています(へブル人2:17、18)。わたしたちの弁護士は何
とすばらしい特長を持っておられることでしょうか。わたしたちのために命
を投げ出された方が、天においてわたしたちのために弁護士として働いてく
ださるのです。
問7.審判のとき、何が調査されますか。伝道12:14(旧932)。
答:「神は( )わざ、ならびにすべての( )を善( )ともに
さばかれるからである。」
問8.神の裁判は、どんな基準を用いて行われますか。
ヤコブ2:12(新361)。
答:「自由の( )によって( )かるべき者らしく語り、」
注:審判での神の基準は十戒です。11課の付録1で律法は神の品性をことばで
表現したものであることを学びました。
天使はわたしたちの生活の記録をしています。
神の偉大な記録の書
問9.神はわたしの生活を、どのように記録しておられますか。
黙示録20:12(新407)。
答:「死人はそのしわざに応じ、この( )に( )にしたが
って、( )。」
注:黙示録20:12は審判の第二局面の模様を説明している記事ですが、書物
が証拠をだすという点は第一局面も同じであると思われます(ダニエル7:
10)。記録は正確で完全です。そこには思想も動機も書かれています。法
廷は公平です。わたしがその場にいる必要はありません。記録の書がわたし
に代わって説明します。付録1の「天の記録の書」をごらんください。
問10.わたしたちを訴えているのはだれてすか。
ゼカリヤ3:1(旧1311)。
答:「( )がその右に立って、これを訴えて、」
注:兄弟を訴える者であるサタンはモーセの体について、ミカエルと論争したこ
とがあります(黙示録12:10、ユダ9節)。彼はまたヨブを訴えた者で
あり、わたしたちをも訴えている敵です(ヨブ記1、2章)。
問11.天で審判が続いている間、地上でどんなことがあると黙示録は預言して
いますか。黙示録11:18、19(新397)。
答:「( )は( )狂いました・・・・・( )を滅ばす者どもを(
)下さる時がきました」
注:諸国民は怒り狂っています。公害と、ごみと、破壊兵器によって人々は地球
を破壊しています。
問12.神はわたしの行動について知るために、記録の書や、裁判や、法廷が必
要でしょうか。あるいはすでにわたしのすべてをご存じでしょうか。
列王紀上8:39(旧490)。
答:「ただ、あなただけ、すべての( )の( )を知っておられるからです。」
問13.現在、天で進行している審判は神ご自身には不必要なものです(ダニエ
ル7:9、10)。ではだれのためでしょうか、黙示録3:5(新389)。
答:「わたしの父と( )たちの前で、その( )を言いあらわそう。」
注:神は全知ですが、天使はそうではありません。現在進められている審判では、
天使たちが十分に証拠を検討することが許され、神の義について彼らが完全
に納得できるようにされます。神は、人々が神とサタンに関して、心にどの
ような決定をしたかを、天使たちがはっきり理解するまで、ご自分の決定を
発表なさいません。その後にどちらの側に立つかを変更することはできませ
ん(黙示録22:11、12)。それは判決ではなく、発表です。すべての
人は最終的な選択をするのです。猶予期間がもっと長かったとしても何の変
更もあり得ないのです。
第二局面一千年期の審判
問14.義人はいつ裁きますか。黙示録20:4(新406)。
答:「また、みていると、数多くの座があり、その上に人々がすわっていた。そ
して彼らに( )の権が与えられていた」
注:黙示録20章の千年期の間、悪人の所業は天でさばきを受けます。これが審
判の第二局面です。
問15.悪人とサタンと悪天使の審判をだれが手伝いますか。コリント第−6:
2、3(新281)。
答:「( )は( )をさばくものである…‥あなたがたは知らないか。
( )は御使をさえさばく者である。」
わたしたちの裁判官であるイエスは、また弁護士でもあります
問16.あなたの意見では、悪人のさばきはだれのためにあると思いますか。千
年期の間天にいない人は、結局滅びるとすれば、なぜ悪人のさばさがあるの
でしょうか。
注:この審判は義人のために行なわれます。義人が、あの人はクリスチャンだっ
たと思っている人が滅びることでしょう。記録を調べ、尋問により神の公平
に対する疑いはなくなります。あれほど神が訴えたにもかかわらず、神を無
視することを選んで滅びて行く人がたくさん見られます。
第三局面一千年期後の審判
問17.マタイ25:31〜46に審判の第三局面が描かれています。かつて地
上にいたことのあるすべての人が悪人も義人も、生きて王と対面し、無罪か
刑罰かを宣告されます。その時なぜその人が救われるのか、あるいは滅ぼさ
れるのか説明があります。この審判は再臨の時あると思いますか、それとも
千年期の柊わりにあると思いますか。マタイ25:31、32(新42)
答:1 再臨の時 2 千年期の終り
注:それは千年期のあとにあります。なぜならば、地上にいたことのあるすべて
の人が、同時に生きている時はこの短い時をおいて他にないからです。その
時、都の内側にいる人と外側にいる人に分かれます(黙示録20:11〜1
5)。この裁判で、サタンと彼の悪天使も含めて、質問に解答が与えられ、
彼らは最終的に理解します。すべての悪人が神が愛であり、親切で、正義で
あり、公平であることを知ります。神は決してその敵に対して、かさにきて
命令したり、黙れと命じたりはなさいません。神は余りにも明快に証拠を提
示なさるので、だれも質問できません。神は決して人々を罰したり、滅ばし
たりなさらないと思っている人は、洪水の時、またソドムの滅亡の時、神が
なさったことを考えてみるべきです。
付録2で、審判の三つの局面について復習してください。
問18.神が無罪と刑罰を宣告なさるとき、神はその時、初めて決定なさるので
しょうか。それとも、神がすでにご存じの事を天使や義人たちに確認させよ
うとしておられるのでしょうか。黙示録15:3、4 (新401)。
答:「あなたの正しい( )が、( )に至ったからであります。」
注:天にいる贖われた者は、なぜ神が正義であり真実であるかと考える理由を、
はっきりと教えられます。神のさばきは明白に示されます。新英訳聖書では
「神の正義の取り扱いがあらわされる」となっています。神はだれがどちら
の側に立つかすべてご存じです。実際のところ神ほ救われた者の名前を、い
のちの書に記録しておられます(黙示録13:8;17:8)。しかし反逆
と罪の問題を解決するために、神は忍耐強く、天使も人間も、善悪両方が、
神が既に知っていることを知るまで待っておられます。すべての者に関する
真実が、審判の時に明らかにされます。それはだれにとっても議論の余地が
ないほど明らかなのです(イザヤ3:10、11)。
救いの確証は今与えられる
問19.審判の時神と対面しなければならないのであれば、わたしは今、救いの
確証を得られるでしょうか。イザヤ3:10(旧946)
答:「正しい人に言え、彼らは( )であると。彼らはその行いの( )
を食べるからである」
注:神は神を心から愛し、従う者のために好意的な審判をすると約束しておられ
ます。神は彼らを聖徒と呼ばれます。付録3「救いの確証」(20の救いの
確証)の約束を参照してください。
問20.わたしたちが告白するとき、罪は許されます。それはいつ神の記録から
消し去られるでしょうか。使徒行伝3:19、20(新184)。
答:「自分の( )を( )いただくために、悔い改めて( )に
立ちかえりなさい。それは……慰めの時がきて、キリストなる( )、
神がつかわして下さるためである」
注:神はかくしているものはお受け入れになりません。罪のすべての記録は最後
の最後まで記録の書に残ります。ですから、いつでもその記録に直面させら
れるのです。どんな記録も布で拭い去られることはありません。神は、天の
聖所におけるみ子の奉仕を通して、ご自分の民のうちに神の像を回復すると
約束しておられます。記録は、見守っているすべての者に対して、神が奇跡
的にそうなさったということを示します。神の民は神に似るようになるので
す。
神の民は預言を教える
(考察)
1840年代の初めの頃、世界中の人々が・ダニエル書と黙示録の預言の研究
を、特にダニエル書8章と9章の2300年の預言の研究を始めました。彼らは
1844年という日付の計算は正しくしましたが、出来事を間違って考えていま
した。彼らは1844年は再臨の開始でなく、キリストの再臨の時だと考えてい
ました。
イエスが再臨なさらなかったので、苦い失望を味わいました。黙示録10章で
神は、かつては閉じられていたが今は開かれているダニエル書を食べるよう預言
者ヨハネに要求したことによって、この失望の経験を描写しておられました(9
節)。それは彼の□には甘いが、彼の腹の中で苦くなりました。つまり、イエス
が来られなかったので、彼らは失望しました。
黙示録IO:l〜3と黙示録1:13〜15およびダニエル10:5、6を比
較するとき、これらの聖句が、皆同じ天での出来事を指していることに気がつき
ます。ダニエルはr終わりの時までこの言葉を秘し、この書を封じておきなさい」
とある方からいわれました。この同じ方がヨハネにあらわれて、預言を示して、
それが1840年代の初めに開かれるであろうと告げます。神の民はその数字的
計算では正しかったのですが、その預言が示している出来事については間違って
いました。神の審判は地上でなく、天で始められました
問21.天から来られた方は、苦い失望のあと、教会は何をしなければならない
と教えていますか。黙示録10:11(新398)。
答:「あなたは、( )、( )の( )、国民、( )、王たに
ついて、預言せねばならない」
注:神はご自分の民に、全世界に向ってこの預言に関する真理を語らなければな
らないと言っておられます。第23課の七つのラッパの研究で、黙示録10
章の日付についてはっきりと学びます。これは第六と第七のラッパの間に来
るので、1840年代の初めになります。ダニエル書12:4〜9の「終わ
りの時」は1260年(ひと時とふた時と半時)の終わる時、つまりカトリ
ック教会の迫害の期間(538年〜1798年)が終わる時と特別な関係が
あります。ダニエル書は「終わりの時」が始まる1798年までは開かれま
せん。
問22.黙示録10章で天使が∃ハネに語ったことに従って、神の教会は、「永
遠の福音」のどの部分を宣べ伝えますか。黙示録14:7(新400)。
答:「神をおそれ…‥・よ。神の( )の時が( )からである」
注:教会は自分の好きなことを宣べ伝えたり、それを「永遠の福音」と称したり
する権利はありません。神は、教会にその宣べ伝える使命のなかに、今天で
審判が行なわれているというすばらしい真理を含めなければならないと命令
しておられます。
また、天使が神の審判の時と言っていることに注目してください。人間は、
サタンの神に対する非難に、自分がどんな関係を持つかを決めねばなりませ
ん。ある意味で審判とは、神に対する決心を含んでいるのです。神はご自分
を審判に注ぎ込んでおられ、神の品位が審判で試されます。今日の教会の働
きは、愛の神の美しいご品性に関する真理を世界に知らせることです。
神の審判は公平であり最終的なものです
問23.黙示録は繰り返し、人々と天使に対して、審判の公義と満足について神
を賛美し、神に感謝するように大声で言っています。特に彼らは何といって
いるでしょうか。黙示録16:7(新401)。
答:「あなたのさばきは( )、かつ( )しいさばきであります」
問24.全宇宙のすべての者は最後に、神の公平と愛に関して、彼らの気持をど
のように表わしますか。ピリピ2:10、11(新310)。
答:「( )ものがひざを( )、また、あらゆる( )が( )
・キリストは( )であると( )して」
注:今まで地球上に生存したすべての者が千年期の終わりに神と対面します。そ
そのかされてではなく、強制されてするのでもなく、全天と全地はサタンと
悪天使も含めて、イエスは完全に正しく、すべての者は自分で選んだ結果を
受け取るのであると、身をかがめて告白します。失われる者は自分で悪の生
活様式を選んだので滅びるということが示されます。むしろ天は彼らにとっ
て苦痛の場所になるでしょう。彼らを天に入れることは公平ではありません。
義人はキリストのような者として示されます。サタンでさえ、イエスの許
しを疑っていません。 しかし悪人は、神が人間のうちにほんとうに神の像
を回復してくださるということを疑っています。救われた者は、そのことが
事実であったという証拠として、イエスの前に立ちます。罪の問題と神のご
品性に関する疑いが再び提出されることはありません。それはすべて解答が
与えられたのです。
問25.イエスは「わが子よ、あなたの心をわたしに与え(よ)」(箴言23:
26)といわれます。神はあなたの名前をいのちの書に記入し、そこに留め
ておきたいと望んでおられます。あなたは神を喜ばせたいと思いますか。
答:(はい、そうします)(そうしたいと思います)(わかりません)(いいえ)
回答は次回の黙示録セミナーで致します。