「ゆだねること」
ある時、ジョン・バトン博士が新約聖書を数ある南洋の島のひとつの言葉であ
るニューヘブリジーズ語に訳していましたが、「信仰」という言葉にピッタリの
現地の言葉がなくて」困っていました。
ある日、その島の伝道者が、まわりの島々をまわって疲れきって帰ってきまし
た。そして博士の部屋に入るなり、椅子に腰かけてから、両足を投げ出して、前
にあるもうひとつの椅子にのせて本当にくつろいだという格好をしました。そし
て彼はホッとした表情でその時原地語をひとことしやべりました。それは「私は
この椅子に私のすべての重さをのせて、くつろぐ」というような意味でした。博
士はこの言葉を聞いた時、これだと思いました。「信仰」という言葉の意味を表
現するのにピツタリだと思って、早速「信仰」という言葉にこの言葉を当てはめ
て翻訳を続けました。
信仰、信じるということは、まさしく「私の重さすべてを神様の上にのせてく
つろぐ」ということです。
「私のすべての重荷を神様におゆだねする」これこそ信仰です。
聖書の新訳聖書マタイによる福音書十一章二八節に
「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがた
を休ませてあげよう」
というキリストの言葉があります。キリストはさらに言葉を続けて、
「そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。」
と言われました。
信仰をもってキリストのもとに馳せ参じ、本当の心の平安をいただこうではあ
りませんか。
(by 鴨田増一)