教 育

「わたしはよい羊頼であって、わたしの羊を知り、わたしの羊はまた、わたしを 知っている」。 ヨハネ一〇ノ一四

 イエスが第子たちをすぐれた人間をとる漁師にするために、まずなされた教育 は彼らの思想、感覚、行動がご自身と一致するように訓練されたことです。

 そのためにイエスは彼らと行動を共にし、また単に知識のみを与えるのでなく、 心と心、魂と魂が触れ合う教育を非常に大切にされました。

 イエスは群衆の前でも治られましたが、個人的にも語られ、それぞれにふさわ しい方法と深い人間理解そして洞察力によって、その人の心の中に入る機知を見 いだされたのです。

 このように個々を大切にし、また一対一の教育の中で、弟子達は上手な手であ るイエスによって、偉大な伝道者として造り変えられていったのです。

 現代の教育において、こうした人間と人間が肌で触れ合うといった教育が非常 に少なくなっているのではないでしょうか。私たちの頼る三育教育はどうでしょ うか。

 はんとうに心と心、魂と魂が触れ合う教育の場になっているでしょうか。これ は教師のみならず、教会全体で考えていかなければならない問題だと思います。

 牧会の面でも最近痛感させられることは、福音を伝える上で自分も含めた人間 理解ということがいかに大切であり、また不可欠な要素であるかということです。 よい羊飼いとは、深い人間理解に基づいた教育者に他なりません。
(by 河南るり子)