「お言葉ですから」
私の小さい項、早朝の夏の浜辺は、いわしやあじの地引き網でにぎわいました。
たぐりよせられる網の中で銀色にはねるたくさんのさかな。獲物が多ければ多い
ほど漁師のかけ声もはずみ、浜辺は威勢のいい雰囲気に包まれます。
さて、ガリラヤ湖に夜が明けようとしていたある朝のこと、イエスの弟子達は
一晩中かかって漁をしても何もとれなかったので、がっかりしていました。そこ
ヘイエスが来られてペテロに「沖へこぎ出し、網をおろして漁をしてみなさい」
と言われたのです。
水のきれいな湖で、網でさかながとれるのは夜に限られていました。昼間の漁
はナンセンスなことでした。そこで、ペテロは「先生、わたしたちは夜通し働き
ましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網をおろしてみま
しょう」と答えました。その結果「おびただしい魚の群れがはいって、網が破れ
そうになった」のです。新約聖書、ルカによる福音書五章五節、六節の記録です。
アメリカの宗教家であり、教育家であったE・G・ホワイトという人は、この
出来事について次のように書いています。
「われわれの場合も同じである。キリストを離れるとき、われわれの働きには
収穫がなく、不信と不満におちいりがちである。しかし、イエスがそばにおられ、
イエスの指図のもとに働くとき、われわれはイエスの力の証拠を見てよろこぶの
である」
「お言葉ですから」と、イエスの指図に従う態度が私達の日常生活にも必要で
す。
(by 鴨田増一)