神の方法

「その企てや、しわざが、人間から出たものなら、自滅するだろう。しかし、 もし神から出たものなら、あの人たちを滅ぽすことはできまい」。 使徒行伝五ノ三八、三九

 私が現在最も大きな興味を抱いているのは、神はどのようにして最終時代の, み業を完結されるのだろうかということです。

 私たちは伝道に関してさまざまな方法を考えるのですが、組織や機関が十分機 能し得ない最終時代においては、そういった方法ではなく、人間そのものを通し て神自ら働かれる時代が来るのではないでしょうか。み霊に満たされた人々が自 由に用いられる、それが神の方法となる時代が来るのではないでしょうか。

 使徒行伝をみるとき、キリストが昇天した後、弟子たちは心を合わせて日夜祈 りました。そして豊かに聖霊が下ると、彼らはめざましい救霊の働きをする神の 器と変わったのです。

 もはや組織が彼らを動かしているのでもなく、人間の指導者もない。聖霊ご自 身が主導権を握られ、思いのままにみ霊によって人を動かし主の大いなるみ業は なされていきました。

 今日伝道が伸び悩んでいるために、あらゆる方法が尽くされていますが、神の 協力が得られないのは方法だけの間題なのでしょうか。

 神がみ霊に満たされた人々を通して、ただ神にのみ栄光を帰す方法でみ業を完 結されるとするならば、方法のみならず、私たち自身の悔い改めも求められてい るはずだと思います。教会の中で最も不足しているのは、私たち自身の悔い改め の祈りではないでしょうか。
(by 河南るり子)