人生の荒波で
ある女性がヨーロッパへ行くべく船の旅をしていました。ところが、インド洋
に入ると突然暴風におそわれ、さしもの大型客船も木の葉のように大波にもてあ
そばれだしました。嵐は激しく、乗客はベッドにいても、しがみついていなけれ
ば放り出されるほどでした。
留学のためヨーロッパへ行く彼女ですから、キリスト教については一応のわき
まえは、ありました。しかし、深夜になってもおさまらない嵐に生きた心地もな
くなり、日ごろ目や耳にしてきた神仏の名を呼び、うろ覚えの念仏や題目をしき
りにとなえはじめたのです。
その様子を見て、同室のクリスチャンの婦人が言いました。
「あなたはどの神さまにお願いしているのですか。どの仏に題目をとなえている
のですか」
彼女は答えます。
「よくわかりません。こわくてたまらないのです。どの神でも仏でも、とにかく
私を助けてくれるものなら、何でもいいのです。私は助かりたいのです」
こう言って恐怖におののいていたそうです。
大阪大学名誉教授で経済学者の森嶋通夫は「1996年2月の『ニューズウィ
ーク』が指摘しているように、日本で性的なモラルが他国より桁外れに退廃して
いると見てよいだろう。このことは、日本人が無宗教であることと密接に関係し
ているであろう。」(森嶋通夫『なぜ日本は没落するか』岩波書店,1999)
と言っています。
性的モラルに限らず、いじめ、殺人など、少年犯罪の多発が大きな問題とされ
ています昨今、その大きな原因の一つに、日本人の無宗教があげられます。 最
近、世界保健機構(WHO)は、肉体的、精神的、社会的な健康に加えて、霊的
(神様との関係)を健康の定義に加えようとしています。人間の全人的な健康に
は、宗教が必須であるという見解の上に立った判断なのでしょうか。
そのような世界の流れの中で、日本の子供たちは、今誰からも、神様について
正しい知識を教えられることなく、育ってゆきます。日本の青少年たちの価値観
や思想の中には、神様についての認識が欠落しています。かろうじてあったとし
ても、それは漫画やアニメによって覚えた知識であったり、社会的問題を引き起
こしている新興宗教によってゆがめられた偏見であったりします。まさに霊的な
健康が欠いているのです。
現代の子供たちは多くの情報と一見豊かな物質に囲まれて暮らしています。し
かし、その実、あの嵐の中の女性のように「よくわかりません。こわくてたまら
ないのです。どの神でも仏でも、とにかく私を助けてくれるものなら、何でもい
いのです。私は助かりたいのです」といって恐怖におののいている…私には、子
供たちがそのように見えて仕方ありません。子供たちが造り主なる聖書の神様を
知ることができたら、どんなにか素晴らしいことでしょう。
「 青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうち
に。「年を重ねることに喜びはない」と言う年齢にならないうちに。」(コヘレ
トの言葉12:1)。
(by 藤田 昌孝)