神様の視点
ある日我が家の冷蔵庫の上で料理用の計りが倒れていました。それを見た私は「な
んで家内は直さないのだろう」と不思議に思いました。いつまでたっても秤は倒れ
たままです。
後で分かりました。私より少し背の低い家内には冷蔵庫の上が充分に見渡せず、
秤が倒れていることに気が付かなかったのです。「見えているあなたが直してくだ
されば」と家内の言葉。当然です。私がやれば良かったのです。
男性の視点と女性の視点は違います。それぞれよく見える場所が違うのです。ま
た男性と女性では、見えてくる内容、気がつく事柄も違っています。
男性と女性の視点が違うように、私たちと神様のお見えになる視点も違います。
聖書のコヘレトの言葉3:11に次のような言葉があります。
「 神のなされることは皆その時にかなって美しい。人は神のなされるわざを初め
から終りまで見きわめることはできない。」
私たちの目には、なんで、こんなことが起こるのだろう。なぜ、神様は助けて
くれないのだろう。と、映ることがあります。
イエス・キリストという方はおよそ2000年前に、人々は悩み、混乱の内に
いるその時代に過ごされました。神の恵みはどこにいった、神はわれわれを見捨
てられたという声の中で、イエスはこのように話されました。
「時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ」。
私たちが暗闇のど真ん中にいるように思える今、神様の視点からすれば、それ
はまさに、時が満ちているということであり今や、神様のお働きが現されるその
ときなのです。
(by 藤田 昌孝)