車を押す人

 1970年代のコマーシャルで、「車はガソリンで走るのです」というキャッ チコピーで、二人の青年が車を後ろからエンヤコラサと押しているものがありま した。

 確かに車はガソリンが無ければ動きません。ガソリンのなくなった車ほど厄介 なものはありません。タイヤがついているとはいっても、それは大きな重い鉄の かたまりです。押して動かそうものなら、へとへとに疲れてしまいます。しかし、 ひとたびガソリンが注入されるなら、後はエンジンをかけてアクセルを踏むだけ、 車は私たちを遠くまで運んでくれます。

 時として私たちもガソリンが無くなった状態で頑張ろうとしてはいないでしょ うか。聖書を読み、良いことが書かれていると思う、しかし自分の力でそれを行 おうとするならば、それは、ちょうどガソリンの入っていない車を後ろから押し ているようなものです。ですから眉間にしわがより、肩に力がはいります。どう みても苦しそうなのです。

 あるものは早々にあきらめて道端に座り込みます。しかしまじめな人はそれで も車を動かそうと努めます。そして道端に座り込んでいる人を見ては「何をして る、根性なし」と腹を立て、批判を繰り返しながら車を押すのです。

 イエス・キリストは言われました。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝 である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながってお れば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは 何一つできないからである。ヨハネによる福音書15:5です。

 イエス・キリストを信じ、イエス・キリストと共に歩み始めるならば、それは ちょうど車にガソリンが入れられた時と同じように、私たちの人生に喜びが与え られ、豊かな実が実るに違いありません。
(by 藤田 昌孝)