神様からのバッチ

 人は洗礼を受けたときに神様より大きなバッチを貰います。そしてクリスチヤ ンとしての生活を送る中で、事ある毎にバッチを付けてもらっています。これら のバッチはその人毎にデザインされたものでこの世に二つと無いものです。

 私の場合、色々なバッチを貰いましたが、その中の一つにこんなのがあります。

 コンピュータの学校に行っていた時の話しですが、入学して授業のカリキュラ ムを見た時、土曜日に2科目の授業が組まれていました。この学校は比較的新し い学校で、そのため授業の出欠は特に厳しく2回以上欠席すると退学処分になる という位でした。

 私は、担任の先生に相談に行き、安息日のため授業に出席できず、単位はいら ないので欠席を認めてくれるように話しました。色々と話ししている内にひよん なことから特別進級の話しになりました。

 そして話の終わりには、土曜日の欠席を認める事と試験を受けて合格点を取れ ば2年のクラスに特別進級してもよいという事になりました。

 最初私は土曜日の欠席だけを許可して貰おうと思っていたのですからこの結果 には少々驚きました。そしてこれは神様が私に下さった恵みのバッチだと確信し ました。そして試験も無事合格して2年に進級して勉強する事が出来ました。

 神様から貰ったバッチはこの世のそれとは異なり決して色あせたり錆びたりし ません。逆に年を経るに従ってキラキラ輝き出します。またそれは生きているよ うに、それを見ると元気づけられ信仰がますます強まります。

 自分の為だけでなく他の人々に見せる事によってその人々の信仰心をも刺激し ます。神様は私達が知らない間にそっとバッチを付けてくれる事もあります。金 製のバッチをおねだりしたのに付けてくれたのはブリキのバッチと思ってがっか りし後になってよく見てみるとプラチナのバッチだと判る事があります。

 その様なとき、神様の恵みの深さに思わず感謝してしまいます。神様は、いつ も最良で最上のバッチを私達に用意しておいて下さいます。

 子供が親から認めてほめられたいと思うのと同じように私も神様に「和夫‥よ くやった」とほめられてご褒美にバッチを一つでも多く付けて貰いたいと思いま す。

 そして神様から貰った沢山のバッチの付いた衣を身につけみんなに自慢したい と思います。それはこの世の装飾品を身にまとい自分自身を誇るようなものもと は異なり、私の一番好きな方の存在を誇りたいからです。
(by 和夫)