不変の神

 ある方が教会に訪ねてこられて、次のようなご質問をされました。 「私は周期的に心の平安が崩れて、妙に楽しくなったり、反対に妙に寂しくなっ たりします。人間誰でもそうなのでしょうか。「私だけなのかもしれない」と思 うと怖くなります。このようなご質問でした。皆さんも同じような思いになった こと、おありなのではないでしょうか。

 人の感情というものは常に移り変わるものです。そのときの体調、周りの状況、 その日のお天気にでさえ、私たちの感情や気分は大きく左右されてゆきます。

 私たちの人生がうまくいく時もあれば、うまくいかない時もあるように、気分 や感情にも浮き沈みがあります。それを否定することなく、時にはしっかりと受 け止めていかなければならない事もあるかもしれません。

 しかし、一方で私たちは、決して移り行くことのないもの、変わることのない ものに目を注ぐことが許されています。

聖書の言葉。
人はみな草のごとく、その栄華はみな草の花に似ている。草は枯れ、花は散る。 しかし、主の言葉は、とこしえに残る」。ペテロ第一の手紙1章24節25節で す。

 決して変わることのないもの、天地が滅び去っても最後まで残るもの、それは、 神様の約束です。そしてそれは取りも直さず、神様のあなたへの愛です。

「あなたはわが目に尊く、重んぜられるもの、わたしはあなたを愛する」

 このイザヤ書43章の言葉はあなたがどのような状態の中にいるときでも、ど のような気分の中にいる時でも、決して変わる事のない客観的な事実です。

 この事実、変わる事のない神の愛の中に生かされてゆくとき、人は世が与える ことのできない、神様から与えられる平安を得ることが出来るのです。
(by 藤田 昌孝)