恵みの話

 キリスト教の持つたいへんユニークな教えのひとつに「恵み」というものがあ ります。この「恵み」を、説明するにあたって、藤井康夫先生が書かれた(『キ リスト教例話事典』から1つのお話をご紹介致します。

 昔、中国で儒教の教師がクリスチャンになりました。弟子たちはそれを聞いて 混乱し、抗議します。それに対して教師は答えます。

「まあ、私の話を聞きなさい。私が野原を歩いていたと思いなさい。しかし草む らにかくれていた古井戸に落ちてしまった。

゛たすけてくれ!!″と叫んでいると、一人の学者が通りかかった。
『あれあれ、おまえは何でこんな所に』
『野原を歩いていて、落ちたのです』
『人の通る道がちゃんとあるではないか。 こんなところを通るから、ひどい目 にあう。今後じゅうぶん気をつけて、道のある所を歩きなさい』
 説教をしただけで学者は去っていった。

   次に、声がしたので見上げると、一人の宗教家がのぞいていた。
『落ちたおまえは、なんと気のどくな者よ。ほれ、手をのばしてごらん』
 しかし、どうしてもとどかない。
『ああ、おまえはなんと業が深いのだろう。これも前世の因縁とあきらめなさい』
宗教家は去っていった。

 こんどはイエス・キリストがきてくれた。

 ああ、選りに選っていやな奴がきたもんだと思ったが、イエスはなんの説教も しないで、手をさしだした。やはり届かない。今度もダメかとかがんでいると、 イエスが井戸のなかへ飛び降りてきた。

『ほら、私の肩に足をかけなさい』
 イエスは私を肩に乗せ、井戸の外へ出してくれた。
 穴の底で、イエスは言った。
『もう二度と、ここにくるんじゃないよ。
 私のことはかまわないで、さあ、行きなさい』
 だから、私はイエスを信じてクリスチャンになったんだ」

聖書の言葉
「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、ただキリスト・ イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです」
ローマ人への手紙3章23,24節です。
(by 藤田 昌孝)