母の死に際して その1

 先月(2月)、母が亡くなりました。以下は、前夜式に喪主としてご挨拶したものです。

 6年前、母は、同じ病気の心不全で緊急入院して危篤状態になりました。この 時、私は、妻の前で子供のように声を上げて泣きました。母が不憫でたまらなかっ たのです。このまま神様のことを知らずに一人寂しく死んでゆくのは、あまりに も可哀想だという思いでした。

 そして、その時、妻と二人でお祈りをしました。「母に伝道するチャンスをく ださい。」というものでした。そして、その祈りが聞かれ、その時は、健康が回 復されました。

 これは、母の為だけでなく、私のためにもなされた神様のあわれみだと思いま した。この時、母が、亡くなっていれば、私は、このことに耐えられず、残りの 人生を、後悔の念で過ごさなければならなかったと思います。

 母が、亡くなった今、母に対して私自身が神様のことを伝道できたのかと問わ れますと、否としか応えることが出来ず、状況は、6年前と同じように思えます が、あの時とは、違う平安が、今、与えられているような気がします。

 母が、健康を回復して、一時、教会に一緒に来る時期がありました。その時、 教会の兄弟姉妹の皆様方は、自分たちと同じ兄弟姉妹に接するように母に接して くれました。

 敬老会の歓迎会や、生駒での一泊泊まりの交わり会等で、母は、家では見せな いひょうきんさや、笑顔を振りまいて過ごしました。クリスマス会でもらった花 を嬉しそうに持って帰る母の顔、昨日のことのように目に浮かびます。

 この様に、皆様に優しく、親切にされて、イエス様の愛を皆様を通じていただ いたのではないかと思います。

 母が、亡くなる1週間前に長老さんが、病院を直接尋ねてくださり、お見舞い していただきました。その時、帰りに「お祈りさせてください」と言っていただ くと、母も、素直に手を合わせたそうです。

 妻も、つい最近、母に、「お婆ちゃん、こんな事言って大変悪いけど、もし万 が一、お婆ちゃんが亡くなったら、葬式は、きょうかいでさせてもらうよ」と言っ た時も、素直に頷いたそうです。

 私自身、親に対する子の甘えから、実際的な母に対する伝道は、出来ませんで したが、6年前の、あの時とは異なり、信仰告白こそ出来ませんでしたが、皆様 のお力により、イエス様の愛が、母に伝わったのではないかと思います。
(by 和夫)