差別 or 区別?

 クリスチャンとして日頃何気なく行っていることでも、ノンクリスチャンから 見れば、非常識極まりないと言うことが多々あります。

 これは、私が学生で未だ、ノンクリスチャンだった頃に経験したお話です。

 学校の門から出たすぐの所に、小さな教会がありました。そこには、日本人の 牧師以外に外国人の宣教師がおられました。

 私は、以前同期の女学生より永遠の命をもらったという話を聞いて、少なから ずキリスト教に興味を持っていました。また、英語の聖書を使ったバイブルクラ スを催しておられると言う噂を聞きつけて、無料で生きた英語を学べるのは有り 難いという思いで、この教会内にある宣教師宅に伺い、是非、バイブルクラスに 入れてくれるようにお願いしました。

 宣教師の方は、快く受け入れてくれて、週に一回のバイブルクラス参加できる ことになりました。こうして2,3回ほどバイブルクラスに出席した後、日曜礼 拝の教会に招待されました。

 日曜の朝、私は正装して、緊張した思いで教会に行きました。そこには、あの アメリカ人の宣教師が笑顔で迎えてくれました。

 教会の中は、不思議なことに、白い紙テープで囲まれた場所があり、そこには、 信者さんと思われる人たちが10数人座っておられました。私は、彼らを遠巻き にして、一寸離れたところに座りました。

 やがて讃美歌が奏でられて、牧師の話が始まりました。教会の礼拝とはこうい うものなのかと思いながら、異文化に触れる思い出過ごしておりましたが、牧師 の話が終わりました。

 これで終わりかなと思っていましたら、突然今まで説教されていました牧師先 生が、「これから、正餐式を行いますが、テープの外の方は、配りますものを取 らないで下さい。」と言われたかと思うと、紙テープで囲まれた方々に対して何 か配っておられ、それを食べておられるようでした。

 思わず「これって何」と思ってしまい、自分が、この場にいるのがふさわしく なく、差別されているようで、一刻も早くこの場を立ち去りたい思いで一杯にな りました。

 その後2度とこの教会には、バイブルクラスも含めて、行く事はありませんで した。

 クリスチャンになった今でこそ、正餐式の意味を理解しますが、何も知らない ものにとっては、招待しておきながら、自分たちだけ何か美味いものを食ってい るという印象しか有りませんでした。

 恵みの正餐式が、未信者をつまずかせる逆伝道となった例です。

へびのように賢く、はとのように素直であれ。(マタイ10:16下句)
(by 和夫)