主の恵み

 私が小学校低学年の頃の話です。学校が夏休みに入り、両親に畑の一角をもら い、そこに1本の小さな長ネギを植えました。

 作物を育てるという経験は、これが初めてで、私は、一寸した興奮を持ってこ の作業を行っていました。

 穴を掘って、長ネギの苗を植え、また土を戻し、そして近くを流れている小川 から水をくんできて掛けるのでした。

 そうして、朝になると、ひんやりとした空気の中、朝露に濡れた草が茂ってい る小道を、草履を履いた裸足をびしょびしょに濡らして、畑を見に行ったもので す。

 するとどうでしょう、それまで5cmにも満たなかった長ネギが、日毎に、ま るで魔法にでもかかったかの様に成長して行くではありません。私は、またまた 不思議な興奮を覚え、毎朝、この長ネギを見に行くのが日課となりました。

 1週間ほどして、長ネギは、私の身長ほどになりました。しかし、その翌朝、 行ってみると、その長ネギは、そこにはなく、跡には黒々とした、長ネギを掘り 出した跡の穴が残っているだけでした。誰かが持っていったのです。

 多分、その時は、誰かが盗んでいったことにショックを受けがっかりしたと思 いますが、大人になった今でも覚えているのは、その様な失望の思いではなく、 生物という存在は、天からの恵みをきちんと受けれれば、驚くような成長をする ものだと言うことでした。

 現在、私には「和美」というかけがえの無い存在がありますが、彼女の成長を 見ていると、自分が小学校の時、長ネギの成長を見たときの感動とよく似た思い が沸き上がってきます。

 そして、つくづく、親が子供の成長をさせるのではなく、神様がさせて下さる んだと思います。親は、唯、子供の健全な成長を邪魔しないようにするだけでよ く、またそうしなければならないのではないかと思います。

 「子供は、天からの授かりものであり、天からの預かりものである。」という 言葉がありますが、最近の子供虐待の事件を多く目にしますと、同じ、親として 胸を痛めます。
(by 和夫)