分別
こんな話があります。あるご婦人が、ご主人のお母様のお世話を、たいへんな
犠牲を払ってしていました。
けれどもお母様からは、一度として、「ありがとう」「すまないね」と言う言
葉はなく、あたりまえのような態度をとっていました。
たまりかねた彼女は牧師に相談に行きました。すると牧師は、「奥さん、人間
には本来愛なんかないかもしれません」と言ったそうです。
それを聞いたご婦人は、「そうだったんだ。愛がないんなら、あるようにみて
もらわなくてもいいんだ。愛は神様にいただいて、自分のできることをさせてい
ただこう」。 と、元気よく家にお帰りになったそうです。
あとで彼女は牧師に、「そう思いましたらね、一度も言ったことのないお母さ
んが、手を合わせて『ありがとう』とお礼をいってくれました」と、うれしそう
にお話になったそうです。
この世には人の分野と神様の分野があります。 心に浮かんできてしまう思い
や感情は自分ではなかなかコントロールできないものです。「思っちゃいけない、
いけない」と思えば思うほど、その思いから離れることができなくなったりしま
す。
感情も、また、なかなか、私たちの思い通りにはなりません。湧き上がってく
る感情の嵐に時として私たちは翻弄されます。
また、人の評判というのも、自分の思い通りには行かないものです。人の評判
を気にして生きることについて、聖書は、人を恐れると、わなに陥る、主に信頼
する者は安らかである。といっています。
「意に反する思い」、「感情」、「他人の評判」、「品性の実」、は神様の分
野です。
それに対して人の分野として、「口に出す言葉」「神様とつながること」「目
の前にある自分にできること」「聖書を読む、祈る、奉仕する、讃美する、お礼
拝をする」。これらのことは、神様のお助けの中で私たちのなすことが許されて
いることです。
神様の分野に関しては神様にお委ねし、今自分にできることについては、精一
杯させていただけたら素晴らしいと思います。
(by 藤田 昌孝)