信頼

「負うた子に教えられる」という諺がありますが、最近、この諺のように我が子 に教えられることがありました。

 我が家では、夜寝るとき、子供を間にして、いわゆる川の字になって寝ます。 しかし寝るときは、頭は、同じ方向にあるのですが、朝起きてみると子供は、1 80度回転して寝ているのです。夜中も、あっちを向いたり、こっちに寝返った りして、兎に角よく動きます。

 しかしながら、その動き回る中にも、必ず忘れずにしている追加動作がありま す。それは、自分の身体の一部(主に、手や足)を親に接触させておくという動 作です。

 子供は、無意識の内にも自分を守ってくれる存在に接しておくことで、精神的 な安定を得て平安を得るのだろうなと理解しています。

 又、週の半ばの水曜日に会社から帰宅すると、子供が顔を輝かせて「見てもら いたいものがあるの」と言います。

 「何、何」と聞くと、その日初めて、補助輪無しの自転車に一人で乗れるよう になったというのです。

 父親に、実際に外で乗れるようになったところを見て欲しいというのですが、 日が落ちて、夜も暗いので、今度の日曜日にしようと言うと、一寸がっかりした 表情をしていました。

 翌日の木曜日に会社より帰宅すると、どうしても今晩、見てくれとせがみます。 妻と一緒に散歩がてら、暗い中近所を子供が乗る自転車について回ることにしま した。

 そして、家に帰って、「すごいなー和美ちゃん、お父さんびっくりした」と大 げさに驚くと嬉しそうな顔をするのです。

 子供のこの2つの行動を見ていて、自分もクリスチャンとして、常に主と離れ ないで、自分の喜びを主にある喜びとして、毎日を過ごすことが出来たらどんな に素晴らしいだろうなと思うのです。

 子供は、親に対して信頼という絆でつながっており、食物という物理的な糧で はなく、愛情という精神的な糧をもらって人間として成長していきます。

 私達、クリスチャンは、神様に対して信頼という絆で常につながって、神様よ り霊の糧をもらってクリスチャンとしての成長が必要だと思います。

わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながって おり、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶように なる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。 ヨハネ15:5
(by 和夫)