自己実現・神実現

 イエスキリストの弟子ペテロが三度イエスキリストを否定しましたが、誰より も忠実で熱心な弟子であると自称するペテロがなぜ、自分の救い主を「知らない」 と否定してしまったのでしょうか。

 原因の一つにペテロの持っていた自分の理想に対するこだわり、今風に言うな らば、自己実現への願いがその原因ではなかったかと考えられます。

 ペテロはイエス・キリストがローマを滅ぼし、イスラエルの国を打ち立ててく ださるものだと信じていました。そしてその暁には自分はイエス様の右腕になり たいと願っていたのです。

 多くの方々は、この自己実現ために生きます。自分の理想、自分の願いを達成 するためにまい進努力します。しかし、この生き方は、時に、私たちの許容範囲 を狭くします。

 病気もだめ、事故もだめ、自分の理想、自己実現を妨害するものは、許すこと が出来ないのです。

 ペテロもそうでした。イエス様が十字架におかかりなることが許せなかったの です。

 しかし、後になってペテロは自己実現から、神実現の生き方に変えられて行き ます。神様の願いを実現するためには、何になっても、何にならなくてもいい、 という生き方に変えられていったのです。

 神実現の生き方は自己実現の生き方にくらべて許容範囲が広がります。

 神実現においては、全てのものは事故や病気も含めて、、主に用いられ、ご栄 光へと変えられてゆきます。また、神実現は私たちの能力を超えたことをも、望 むことができます。低さもゆるされますが、同時に高さも許されているのです。

  聖書の御言葉
「わたしを信じる者は、またわたしのしているわざをするであろう。そればかり か、もっと大きいわざをするであろう。わたしの名によって願うことは、なんで もかなえてあげよう。父が子によって栄光をお受けになるためである。」ヨハネ による福音書14章12節13節
(by 藤田 昌孝)