イエス様を見上げて

 小学校2年生の良夫君とはじめ君は、夏休みのはじめになすびの苗をもらいま した。夏休みの課題としてこの苗を育てて、新学期には、その結果を知らせて欲 しいと先生から言われました。

 長い夏休みも終わり、9月の新学期になって、2人は、先生にその報告をしま した。良夫君の手には、7つほどの大きななすびがあり、彼も大変嬉しそうに先 生に収穫の喜びを報告しました。

 それに較べ、はじめ君は、浮かない顔をして、手には小さななすびが一つでし た。

 どうしてこの様な差が発生したのでしょうか。最初にもらった苗に違いがあっ たのでしょうか。いいえ、むしろ最初は、はじめ君のもらった苗の方が立派だっ たように思えました。

 良夫君は、何か特別の肥料を使って、沢山収穫できるようにしたのでしょうか。 いいえ、彼が毎日したことと言えば、苗を植えた土地の周りの雑草を、抜いて水 をあげただけです。

 実は、はじめ君は、3日を開けず、苗の植え替えを繰り返していたのです。毎 日、植えた苗を見に来るのですが、自分が思っているほど苗が成長しないのです。 心配になり、水辺の近くに植えたり、軟らかい土に植え替えたりしていたのです。

 この為、苗は、しっかりと土中に根を張ることが出来ずに成長できず、十分な 実を結ぶことが出来なかったのです。

 私達クリスチャンも、似たようなことをしている時がないでしょうか、日々の 生活の中で自分の言行を振り返ったとき、クリスチャンとして成長していない、 イエス様に申し訳なくて顔を合わせられないと思い、自分を責めているあなたが いませんか。

 この場合、反省するのは、良いのですが、その反省する方法が、自分の言った こと、したことだけを振り返って、自分を責めるだけに終わると、罪悪感だけが 残り、クリスチャンとしての健全な成長が出来ないような気がします。

 では、この様なとき、私達に出来る最もいい方法は何でしょうか。それはイエ ス様を見上げることです。良夫君のなすびが、唯、唯、太陽の光を受けて立派な 実を結んだように、私達も自分のことを忘れて、イエス様の恵みの光を受けるこ とです。

 そして、ある程度の時間が経ったときに、その時の自分と較べてみると、イエ ス様により近くあり、成長を実感できるのです。

わたしは植え、アポロは水をそそいだ。しかし成長させて下さるのは、神である。 第1コリント3:6
(by 和夫)