大切なもの

 クリスマスキャロルという小説をご存知の方は多いと思います。人を愛するこ とよりも、お金をこよなく愛する一人の男がクリスマスイブの夜、幻を示されま す。それは自分の葬式の場面でした。そして、自分の葬儀の最中、町の人々が皆、 なんと自分の死を喜んでいるんです。どんなにお金をもうけても、そのような死 を迎えるのであれば…?主人公は自分の人生を考え直すのです。

 さて、私たちも、時には自分のお葬式について考えてみてはいかがでしょうか。 キリスト教の葬儀の場合、故人の思い出や、弔辞というものがあります。そこで、 亡くならあれた方の生前の思い出が語られます。さて、私の葬儀の時には、どの ようなことが語られるのでしょうか。皆さんはどのような事を方っていただきた いですか。

 この方は仕事で大成功をおさめましたという言葉でしょうか。

 中には、そうではなくて、「心優しい人でした」とか、「私はこの人に助けら れました」「愛情深い人でした」などという言葉があったらうれしいと思われる 方も少なくないでしょう。

 自分自身にとって、何が本当に大切なのか、ということを私たちは時々考えて みる必要があります。しかし、多くの場合、私たちの生活では、その大切なもの がないがしろにされている場合が多いのです。

 目先の成功に没頭するあまり、本来最も大切な事柄が犠牲にされていることの ないようにしたいものです。そのためには、人生の最後を念頭において、今日と いう一日を始めてみるのもよいかもしれません。

 聖書の言葉
すべて競技をする者は、何ごとにも節制をする。彼らは朽ちる冠を得るためにそ うするが、わたしたちは朽ちない冠を得るためにそうするのである。そこで、わ たしは目標のはっきりしないような走り方をせず、空を打つような拳闘はしない。 コリント第一の手紙9:25、26の言葉です。
(by 藤田 昌孝)