相互依存
わたしのいましめは、これである。わたしがあなたがたを愛したように、あなた
がたも互に愛し合いなさい。人がその友のために自分の命を捨てること、これよ
りも大きな愛はない。ヨハネによる福音書15章12節、13節の言葉です。
私たちは、みなそれぞれ違った個性を持っています。一人として同じ人間はい
ません。ユニークな存在です。私たちは、その違いを争いの原因にすることもで
きれば、その違いをもって、互いに助け合い、愛し合うこともできます。そして、
私たちが、互いに愛し合うとき、その違いは豊かに用いられ、生かされ、貴重な
ものとなるのです。
イエス様は互いに愛し合うことを自分の命を捨てることであると、おっしゃい
ました。それは、必ずしも死んでしまうことを意味するのではありません。それ
は、自分の時間を人のために心をこめて使うこと、自分の存在を、相手のために
捧げることを、を意味します。
家族のために心をこめてお料理を作ることは、家族を愛することです。友人に
向け、心をこめてお便りを書くこと、ご病気の方のためにお祈りをすること、見
舞いに出向くこと、黙ってその方のお話を聞いてさしあげること、これらはみん
な愛するということです。そして、そのとき、その人の個性は豊かに生かされて
くるのです。
わずか、6歳で亡くなった少年がいました。彼は3歳の時体が麻痺し、眼も見
えなくなりました。5歳になると、まったく寝たきりの状態でした。しかし、傍
らでないているお母様に向かって、こう語りかけたのです。「ママ泣かないで、
僕にはまだ、ママをこんなに愛する心が残っているよ。」
この少年は母を愛する心と言葉を持って、自分の存在を母親のために用いまし
た。母親にとって、この少年の言葉とその心ほど、尊いプレゼントは無かったの
ではないかと思います。
さて、私たちは今、このユニークな自分の命を、いったい誰のために、どのよ
うに用いることができるのでしょうか。
(by 藤田 昌孝)