勘定に入れる

 新約聖書ローマ人への手紙6:11に、あなたがたは、キリスト・イエスにあっ て神に生きている者であることを、認めるべきである。という言葉があります。

 この「認める」という言葉、もともとギリシャ語では、勘定に入れるという言 葉だそうです。つまり、私たちは、イエス・キリストにあって神に生きている者 であるということを、勘定に入れて生きてゆきなさいということになるのです。

 では、イエス様を勘定に入れていきてゆくとは、いったいどういうことでしょ うか。

 たとえば、私たちが独身時代を経て、結婚をしたとします。すると、私たちの 生活は、とたんに、自分の伴侶を勘定にいれた生活へと変えられてゆきます。今 まで自分だけのために使っていた時間やお金、関心ごとについて、今度は伴侶の ことを考えながら、用いるようになります。

 私自身、結婚して、好きな本を独身時代のようには自由に買えなくなったこと を知ったとき、それは少なからずショックでした。しかしそれも「あー結婚した んだなー」という心地よい実感として受け入れさせていただきました。子どもを 授かったならば、されにその生活は変わります。今度は子どもたちを勘定にいれ てその生活スタイルが形成されてゆくのです。

 私たちはそのような日常の変化を通して、妻になったこと、夫になったこと、 父親になったこと、母親になったことを実感します。そして、多くの場合、それ らは喜びをもって迎えられてゆくのです。

 私たちがイエス様を勘定に入れるということは、まさに、そのようなことです。 私たちの日常生活の中にイエス様をお迎えして、その生活が変えられてゆくこと なのです。

 毎日、イエス様との語らいの時を持ち、イエス様の願いが自分の願いになりま す。日々の生活の中で、イエス様が願われてやまない、互いに愛し合うというこ とをどのように実践してゆくかを考え、神様に助けられながらそれらを実行して ゆくことができるなら、私たちの人生は、イエス様を勘定に入れた素敵な生き方 として豊かに変えられてゆくに違いありません。
(by 藤田 昌孝)