根本的な変革
先日、あるキリスト教会のセミナーで、講師の先生が次のようなことをおっ
しゃっていました。
今や、人々は、義務感や単なる宗教的な奨めでは動かなくなっている。お祈り
しなさい、聖書を読みなさいと、自分たちの時間や能力、経済の一部を聖書の約
束に従ってか聖別しなさいと、説いても、効果は生まれなくなっている。人の果
たすべき義務をこんこんと説教しても人々はもはや義務感では動かなくなってい
る。
若者たちは、勧めに対して圧力を感じ、強制的なものには抵抗をあらわにする。
義務感や倫理観にたよっていた2・30年前の社会は今や失われつつある。家族
に対する責任、社会に対する責任さえ、消え去りつつある。若い人達にそれは義
務だからと言っても、反抗心しか生まれないのだ。だから、義務感からではなく、
もっと別の考え方が必要となっている。
と語っておられました。
別の考え方とは、必ずしも若者にこびる方法ではありません。現状をただ受け
入れるだけの考え方ではなく、もっと、本質的なものです。
それは、私たちの考え方が、自分中心の考え方から、神様の親心中心の考え方
に変えられてゆく、心の変化の必要です。人間的な議論ではそのような変化を生
まれてきません。
それは、人がイエス様を救い主と認め、そのお方を人生の主人としてお迎えす
るところから始まります。
私たちを救ってくださった、神様が私たちの心に働きかけてくださることを
日々、許すならば、「神様、私の心を自由に作り変えてください」と、お祈りし
てゆくならば、私たちの心には、御霊の実が実ってゆきます。愛、喜び、平和、
寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制です。
この心の本質的な変化は、私たちをして、喜んで果たすべき責任をはたさせ、
互いに愛し合うことのできる者へと変えてくれるのです。
神様が私たちの心に、豊かな実を実らせてくださいますように、願ってやみま
せん。
(by 藤田 昌孝)