命をいただく
現在、日本では、毎日、平均90名以上の人達が自殺によって、自らの命を絶っ
ているそうです。実は私もイエス様を知る以前、大学に通いながら、この自殺の
誘惑と戦っていた時期がありました。
人生に意味を見つけることができず、この空しい思いをいただきながら、生き
てゆくことに、耐えられなくなっていました。お酒を飲んだり、ディスコに通っ
て気分を紛らわそうとするのですが、酔いが覚めると同時に言い知れぬ空しさに
襲われるのです。何をしても、つまらなく思え、何事に対してやる気を失ってい
ました。
そんな空しさをなんとか埋めようと、人生の意味を見つけようとして教会に通
いはじめました。
その後大学を卒業する頃には洗礼を受けてクリスチャンとなりました。しかし、
洗礼を受けたからといって、自殺の誘惑から完全に解放されたかといいますと、
そうでもありませんでした。
人生には意味がある、人の命には永遠の価値がある、と頭ではわかっていても、
つらい事が起こるとき、時として、これで人生を終わりにしてしまいたいと思っ
てしまうのです。
その時分かったのです。私が自殺したくなるのは、必ずしも人生に意味を見つ
けられなかったからではなく、生きる力そのものが足りなかったということを。
私が死にたいと思うのは、生きてゆきたい、思わせる力ある命に欠乏していた、
ということをです。
幸いなことに、その後しばらくして、私はイエス様の愛の内に生かされている
ことを知りました。人との比較の中で生きるのではなく、イエス様の愛の中で、
はぐくまれ、生きる力を養っていただくことができたのです。
今では、イエス様から日々新しい命をいただき、この世にある限り、元気に生
き生きと、主のため、人のために少しでも用いていただけたら、と願っています。
聖書の言葉
だれでもかわく者は、わたしのところにきて飲むがよい。わたしを信じる者は、
聖書に書いてあるとおり、その腹から生ける水が川となって流れ出るであろう
ヨハネによる福音書 7:38
(by 藤田 昌孝)