すると女は答えて言った、「主よ、お言葉どおりです。でも、食卓の下にいる子 犬も、子供たちのパンくずは、いただきます」。マルコ7:28

  愛情のこぼれ

 田中信生さんのお話の中で「子供は夫婦の愛情のこぼれで育つ」という内容の ものがありました。夫婦がお互いに思いやりと十分な愛情の交わりがあれば、特 別に訓練をしなくても子供は、その様子を見て健全な成長をすることが出来ると いうものだったと思います。

 周りの者が見て気づくほどのこぼれた愛情を感じるには、当人同士の、余程の 量と質がないとかなわないと思うのですが、一旦、その様な僅かな愛情を感じる と、その当人同士の愛情の深さは、容易に連想できるものです。

 文頭の聖句は、神様の恵みを、テーブルからこぼれ落ちるパンくずに例えてい るわけですが、テーブルからこぼれ落ちるほど、テーブルの上には、食物が有り 余るほど豊かにあることが想像できるのです。

 今、私達の食卓を見るとき、テーブルの上には、主の豊かな食物が満載してい るでしょうか。伝道を考えるとき、先ず第1に必要なことは、私達自身が十分に 満たされていることです。私達が、神様にあって満たされ、喜んでいるとき、そ れは、神様のパンくずとなって食卓からこぼれ落ちるのです。

彼らは食べて満腹した。そして残ったパンくずを集めると、七かごになった。マルコ8:8

 気分が浮かないとき、笑顔を強要されると、つらいものがあります。これは、 内に笑顔の素になる幸福感がないためです。その様な状態で無理に笑顔を作ろう とすると、余計に惨めな気分になります。本当の笑顔は、体の内側が幸福感で一 杯になり、その一部がこぼれ出たのが本当の笑顔です。

 この様な笑顔は、それに接した人を幸福な気分にします。笑顔を振りまく本人 も、特に意識して、努力しているわけではなく、むしろリラックスしているので す。

 伝道活動も同様のことが言えます。自分の内に神様から愛されているという、 幸福感がないのに、神様の愛を伝えなくてはいけないと思うほどつらいことはな いでしょう。

 この様な場合、ひたすら、神様を仰いで、神様からの恵みを十二分に受けましょ う。実は、神様は、天から降る雨のように誰の上にも豊かな恵みを注ぎ続けてく れているのですが、それを受けて内に溜めることが出来るのは、砕けた心、へり くだった心を持つ者だけです。

 そして十二分に受けると、自然とその喜びが溢れて、外面に出て、神様の愛情 のこぼれとなるわけです。そしてそれが主を証するあなたの大きな力となります。

いつも喜んでいなさい。第1テサロニケ5:16
(by 和夫)