賢い妻はその夫の冠である。箴言12:4前半
本当の優しさ
私事で恐縮ですが、今週の日曜日に娘の卒園式がありました。
3年前に入園したときは、未だ足取りもおぼつかなく、色々とお世話をしてく
れる年長の園児が頼もしく見え、この子も3年位したら、この様に成長するのか
なと思っていました。
式で、我が子が誇らしげに卒園の証書をもらったり、楽器の演奏をしているの
を見ると、草花が小さな芽を出し、双葉を広げて、精一杯成長しようとしている
様を連想して、確実に神様からの成長の恵みを受けているのだなと言う思いで感
慨に耐えません。
親ばかとしては、このまま素直に成長して、優しい娘になってくれたらいいな
という思いで一杯です。
そして、この「優しい娘」という言葉で思い出すのが義母との会話です。
10年ほど前、結婚の申し込みで実家に行ったときのことです。私の申し込み
を快諾してくれて、一息ついて、義母と2人きりになった時、彼女が「佐登子は、
本当に優しい娘(こ)でなあ…」とぽつんとつぶやいた言葉が印象的でした。
それは、決して自慢するような口調ではありませんでしたが、その後の結婚生
活で、この時の言葉を思い出すとき、義母の言葉は、本当だったなと、たびたび
思うのです。
優しさは、人にプラスの力を与えます。優しさを与えることの出来る人は、自
分自身も優しさを与えられたことのある人です。訓練により優しさを与えている
様に装うことは出ますが、それは長続きするものではなく、一時的なものであり、
人を癒せるような本当のものではないと思うのです。
その様な意味では、本当の優しさは、人の内から出るのではなく、神様によっ
て与えられるものではないでしょうか。
しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、
わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあが
るであろう。ヨハネ4:14
娘がまぶしいくらいの女性に成長したとき、ピアスや茶髪等の世の装飾を身に
つけるのではなく、神様から与えられた本当の優しさという、誰にも奪えない品
性を身につけて欲しいと思います。
(by 和夫)