ダニエルの模範その2

 この養成学校でダニエル、ハナニヤ、ミシャエル、アザリヤの青年達は単に王 宮に入れられるのみでなく、王の食卓から来る肉を食し、酒を飲むように準備さ れたのであるが、これらすべてによって王はかれらに非常な栄誉を授けているの みでなく、得られるだけの最上の肉体と頭脳の発育を得させていると考えたので あった。

 王の前に供えられた食物の中にはモーセの律法によって汚れたものと言われ、 ヘブル人がこれを食すことを明白に禁じられていた豚肉やその他の食物があり、 ここでダニエルは厳しい試練に会った。食物や飲物に関する父祖達の教えに従っ て王の感情を害し、それによって恐らくは自分の地位のみでなく生命までも失う か、あるいは神の律法を無視して王の好意を保ち、それによって大きな知的特権 と、もっとも有望に見える社会的な将来性を獲得すべきか。

 ダニエルは長くためらわなかった。かれは結果がどうなっても自らの誠実さを 守って堅く立とうと決心した。

 「ダニエルは王の食物と、王の飲む酒とをもって、自分を汚すまいと、心に思 い定めた」のである。

 今日クリスチャンと自称する人々の中にダニエルはあまりにきちょう面過ぎる とし、また偏狭で頑迷だという者が多くあるが、かれらは飲食の問題を、それ程 断乎とした立場、すなわち、世的なすべての利益を恐らく犠牲にするかもしれな いよぅな立場をとる程重大なことではないと考える。

 しかし、このように考える人びとは神の明白なご要求にそむき、自分の意見を 正邪の標準としていたことを審判の日に発見し、かれらには重要でないと考えら れたことも神にはそう見られなかったことを知るのである。神のご要求には神聖 な態度で従わなければならない。

 神のいましめの中のあるものは都合が良いので、受け入れて従い、他は遵守す るのに犠牲が要るから拒絶する人々は正義の標準を下げ、また自分の模範によっ て神の聖い律法を軽視するように他の人を導くのである。

「主は、このように仰せになった」と言ぅ事がすべてのことでわれわれの規準で なければならない。

 ダニエルの品性は、生来質が低下して罪によって汚れた人間を神の恵みが、ど んなものになし得るかを表す著明な例として世界に紹介されている。かれの高尚 で克己の生涯の記録はわれわれ一般人にとって励ましであってこれにより、われ われは誘惑に立派に抵抗し、もっとも厳しい試練に合っても正義のために堅く、 しかも温和の美徳をもって立つょうに力づけられるのである。

 ダニエルは、かれの厳格な節制習慣から離れるのにもっともらしい言いわけを 考え出すこともできたが、かれにとっては神の是認の方がもっとも有力な世界の 君主の好意よりも尊く、生命そのものよりも更に尊かったのである。

 かれの礼儀正しい行状によってヘブルの青年達の受持役人、メルザルの好意を 得、ダニエルはかれらが王の食物を食さず、その酒を飲まずにすむように願った。

 メルザルはこの要求に応ずると王の不興を買って、かれ自身の生命を危険にす るかも知れないと恐れた。現代の多くの人々のよぅに節制した食事は、これらの 青年達の外観を青ざめさせ、病的にし、筋肉の力を弱らせ、王の食卓からのぜい たくな食物はかれらの血色をよくし、美しくし、非常な活気を体に与えると、か れは考えたのである。

 ダニエルは十日間の試験をして、この問題を決めるように願った。この試験と は、その短期間、他の青年達が王のごちそうを食している間、ヘブルの青年達に は単純な食物を食すことを許可するというのであった。

 遂にその要求が聞かれた時、ダニエルはも早や勝利は自分のものだと確信した。 かれは未だ青年に過ぎなかったが、お酒ゃ豪奢な生活の身心の健康に及ぼす有害 な影響を見ていたのである。

 十日間の終りになつて、結果はメルザルの期待と全く反対であることが分った。 節制の習慣を守った青年達は食欲をほしいままにした友人達に比べて、外観のみ でなく身体の活動力と知能力において著しい優秀さを示したこの試験の結果、ダ ニエルとその友人達は王国の義務につくための全養成期間を通じて、かれらの単 純な食事を続けるよぅに許可されたのである。