現場主義
最近、現場主義という言葉をよく耳にします。少し前になりますが、次のよう
な記事を読みました。
アメリカの科学者レイチェル・カーソンの著書「沈黙の春」の中に、彼女の表
現で、現場主義であれと書いてある。「あなたが広い部屋の真ん中にいて、窓か
ら外の景色を見ても、部屋が大きければ大きいほど外の景色は一点にしか見えな
い。しかし自分の体を窓に寄せて歩いていくと次第に外が見えるようになり、窓
にぴたりと顔を当てれば全部が見える」と。みんな現場から距離を離して世の中
を見ているから、実は外の景色が見えない。自分で歩け、窓まで行けと言ってい
る。
このような記事でした。
私たちの毎日の生活の中で、逃げてしまいたい、先送りにしたい、と思われる
事柄に遭遇することがあります。やだなー。こんなことなければいいのになー。
と思うことがあります。
そのような逆境に対する態度として、距離をもって見つめている時期も必要で
す。しかし、いつかは、思い切って取り組んでゆく時が来るでしょう。そのとき、
ひょっとすると、自分がどんなに未熟な人間であるかが、明らかにされるかもし
れません。自分の足りなさ、貧しさがあらわにされることもあるでしょう。
しかし、同時に、私たちは、その貧しさゆえに、救い主イエスキリストの必要
を知るのです。勇気を出して、信仰をもって、問題や課題に近付いていったとき、
私たちは、自分の貧しさを発見すると同時に、その貧しさのゆえに、私たちの主、
イエス・キリストに助けを呼び求めることができるのです。
そのときこそ、今まで知ることのできなかった、神様の豊かなお働きを、私た
ちの貧しさの中に見ることができるのです。離れていては見えなかったものが、
問題に近付いていったときに見えてくるものがあるのです。
聖書の言葉
主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱い
ところに完全にあらわれる」。コリント第二の手紙12:9です。
(by 藤田 昌孝)