聖書の書き込み

 教会員のご婦人がお一人が先日お亡くなりになりました。聖書には、びっしり と書き込みがしてありました。注解、釈義、時代背景、言葉、字句の説明と解説、 分析と、かなり専門的な書き込みが所狭しとなされていました。

 聖書の初めの空きページには次のような素晴らしい言葉が書かれています。

「時を持て
考える時を持て それは力の源である。
活動する時を持て それはいつも若々しい秘訣である。
読書する時を持て それは知識の源である。
祈る時を持て それは地上最大の力である。
愛し愛される時を持て それは天与の何よりの特権である。
親切する時を持て それは幸福の道である。
声を立てて笑う時を持て それは心の音楽である。
与える時を持て そうすれば一日など利己的なためには余りに短い。
働く時を持て それは成功といふ代価を与える」。

 続けて次のようなE・G・ホワイトという宗教家の文章が引用されていました。

「確固たる目的、不断の勤勉、周到な時間の節約は人に知識の獲得や頭脳の訓練 をさせ、やがてどんな地域におかれても良い感化力を発揮し得る、有為な人物と するであろう」。

 お亡くなりになったご婦人は、自分の具合の悪いことを公表しないでもらいた いとおっしゃいました。皆さんの足を煩わさないことの為でした。お見舞いにゆ きましても、必ず「私は元気です、どうもありがとうと」と、私たちへの気配り を決してお忘れになることはありませんでした。

 この方は、その人生を神様のため、看護婦さんのときには、患者様のため、友 人のため、そしてご主人のために、その命を確固たる目的をもって豊かに用いら れ、最後までブレることなく、走るべき肯定を走りぬかれたかのようでした。そ れだけになおさら、上記の書き込まれた文章が力強く、胸に迫ってきました。
(by 藤田 昌孝)